本研究課題では、プリオン複製の分子メカニズムを明らかにすることを目的に、正常型プリオン蛋白質(PrPC)から病原性プリオン蛋白質(PrPSc)への立体高次構造変換に必要な細胞因子の同定を試みた。 その結果、PrPC分子の中央部の部分変性を促進する因子としてHsp90とそのホモログGrp94を見出し、その本体がC末側10kDaのシャペロンドメインにあることを明らかにした。PrPCの部分変性にはATPなどのヌクレオチドとの結合や加水分解を必要としなかったが、銅イオンをリガンドとしたPrPCの部分変性にはヌクレオチドとの結合を必要とした。Hsp90のN末側シャペロンドメインの阻害剤としてゲルダナマイシン(GM)、C末側シャペロンドメインの阻害剤として、シスプラチン(CP)、ノボビオシン(NOV)、エピガロカテキンガレート(EGCG)などが知られている。各種阻害剤についてプリオン感染培養細胞におけるPrPCの発現やPrPScの産生への影響を調べたところ、GMはPrPCの発現やPrPScの産生に大きな影響を示さなかった。一方、C末側シャペロン阻害剤については、多様な影響が認められた。CPやNOVはPrPScの増加を穏やかに促進し、EGCGおよび本課題で新規に見出したCP誘導体はPrPScの産生を強く抑制した。各阻害化合物が示す多様性は、Hsp90シャペロン活性の阻害メカニズムに関連すると考えられる。Hsp90のC末側ドメインと相互作用する複数のコシャペロン分子が存在することが知られており、Hsp90コシャペロンがHsp90を介してPrPSc産生を調節している可能性がある。 今回の研究課題では、PrPScの産生に影響を与える細胞因子としてHsp90を同定し、その機能同メインがC末端部にあることを明らかにした。またPrPSc産生を抑制する新規Hsp90阻害化合物を得ることに成功した。
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