好物を食べると摂食・嚥下運動が向上するのかどうかを,生理的指標を用いて検討することが本研究の目的であった。嚥下運動は摂取する食品の物性に大きく影響を受けるため,これまでは液体を用いて物性を統制していた。しかし,実際の摂食嚥下障害を持つ高齢者への臨床介入を観察し検討した結果やこれまでの実験の結果を考慮に入れると,液体を用いた結果では臨床での現状にそぐわないこと,液体では食の好みが反映されにくいという問題点が挙げられた。そこで新たに,嚥下を必要とする物性が等しい固形の咀嚼調整食品を用いて,与えられた食品の味に対する好みの評定と嚥下運動の関連を検討した。20代の健康な女性4人に対し,3種類(ユズ風味,抹茶風味,エビ風味)の異なる味の咀嚼調整食品を8gの立法体に近い形に切り出したものを食べてもらい,その様子をビデオ撮影し,嚥下音と咬筋の筋電図を記録した。評価指標としては,食品を口に入れてから最初の嚥下が起こるまでの時間,すべて食べ終わるまでの時間,咬筋の表面筋電図の積分値を用いた。また,各味に対する好みはVASによって評定してもらった。その結果,味の好みの評定は総じて低かったものの,0から7.7までのデータの幅であった。しかし,各指標については,個人間のデータのばらつきは大きいものの,個人内でのデータのばらつきは小さく,味の好みとは一貫した関係は認められなかった。実験後のインタビューでは,見慣れない食品であり,風味付けはされていてもその味には感じられないものもあったというフィードバックが全員からあった。また,映像においても,視線が上方をさまよい,考え事をしているような様子が多く観察された。このことから,味の好みよりも親しみのない食品であり,それを探索するような行動が嚥下運動により大きく作用したことが考えられた。
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