本研究では、ES細胞由来の眼杯様構造が自己組織的に極性を形成する分子メカニズムについての解明を目的としている。前年度までに、マウス眼杯の極性マーカーであるVax2(腹側)およびTbx5(背側)を特異的に認識する抗体を作製し、ES細胞からin vitroで分化した眼杯を染色した結果、Tbx5とVax2は相互排他的に眼杯の違う領域に発現していることが明らかになった。このことはレンズや間葉系細胞などの多くの組織がない状況において、網膜神経上皮には自発的に背腹軸の極性を獲得できるメカニズムが存在することを示している。 本年度は、眼杯の形態的な極性と遺伝子の発現パターンとの相関の有無を解析するために、Tbx5とVax2の抗体を用いて組織を蛍光免疫染色し、Lightsheet顕微鏡を用いて三次元再構成を行った。その結果、眼杯には切れ目(fissure)が存在し、三次元形態的に極性を有していることが明らかになった。これらの実験結果から、眼杯の形態および遺伝子発現パターンの極性形成機構には自己組織的な側面が大きく寄与していることを示している。 さらに、これらの極性マーカーの発現がどのような分子シグナルによって制御されているのかを明らかにするために薬理学的実験を行った。その結果、BMPシグナルおよびWntシグナルが背側領域の誘導に大きく寄与していることが明らかになった。また、Wntシグナルを可視化することのできるES細胞株を作成し、眼杯形成過程に置けるWntシグナルの動態を長期タイムラプス撮影によって解析した。その結果、Wntシグナルが眼杯形成に先立って局所的に上昇する現象が観察された。これらの実験結果により、自己組織的なin vitroの眼杯形成はダイナミックな複数の分子シグナルに制御された背腹軸パターン形成を伴うものであることが明らかになった。
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