研究概要 |
本研究では,まず,クロムイエローを基軸とした東西文化交流の発展を広く明らかにすることを目的としている。具体的には,同時代のヨーロッパ更紗(さらさ)などの染織品,浮世絵および油絵などの絵画材料を研究対象として広げ,透過電子顕微鏡等の先端的分析法で物質情報を蓄積する。一方,これらの物質の環境実験を進めて構造変化を解析することにより,染料・絵具などの劣化機構を解明し,保存修復の基礎知識を得る。 ヨーロッパ更紗布の青色糸の繊維内部を透過電子顕微鏡(TEMPで観察を行った。表面層と繊維内部では構造が異なり,析出物の寸法や分布状態にも違いがみられた。繊維表面では5~50nmの非常に微細な多角形状粒子がみられ,繊維内部に比べ緻密な構造である。鎖状に連なった多角形状粒子にはコントラスト差がみられ,複数の染色剤化合物の存在が考えられる。EDSで分析すると,C,OのほかFe,Sn,S,K,Ca,Baなどの元素が検出された。繊維内部のマッピング像からは,FeとSnの存在領域の分布は異なっており,別々の化合物として染色に寄与していると推測される。また,TEMによって観察した繊維内部の析出物の多くは結晶であったが,アモルファスも観察された。低倍率では大きな多角形状粒子として観察されるが,粒子は非常に微細なナノ結晶で構成されており,繊維内部の微結晶も発色に関与していると考えられる。 青色染色剤には当時浮世絵にも用いられていた新合成顔料のプルシアンブルーの使用も考えられ,染色技法および染色材料もあわせて検討を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ヨーロッパ更紗に着手し,染色剤の微細構造だけではなく布の素材である木綿の構造まで進み,染色技法および染色材料についても明らかになりつつある。また,文化財の中でも,とくに熱に弱い材料の試料作製方法に関しても,前処理方法を含めて確立しつつある。
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今後の研究の推進方策 |
本年度は,各種天然繊維,カーキ染め布,更紗布,絵画材料等を試料として用い,探索的な方法や工夫を加えて研究を推進する。
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次年度の研究費の使用計画 |
微細構造観察のために,イオンミリングによる断面切出しおよび高分解能走査型電子顕微鏡による観察,XPSによる結合エネルギーの状態,走査型プローブ顕微鏡(SPM)によるナノ領域の物性測定等などの観察手法をさらに発展させて,幅広く適用できるように推進する。
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