本研究では,ヒトを取り巻く三次元空間について,視覚・聴覚・体性感覚の有機的連携に基づく知覚空間の形成過程と注意の補足過程を明らかにする。そのために,周辺に呈示された事象がどのように知覚され,それによって注意がどのように補足されるのかを解明し,聴覚・視覚・体性感覚の連携過程を示す。平成 27 年度は,これまでに行った実験結果を総合的に分析し,モデル化に関する検討を主に行った。 これまでの実験で,身体が静止状態の場合に,周辺空間における聴覚と視覚の定位方向にズレが生じることが明らかになった。このズレは,正面方向からの変位にかかわらずほぼ一定の値であり,単純な単独モダリティにおける定位精度の低下ではなく,何か機能的な制約であると考えられる。一方,周辺刺激への振り返り運動を観測すると,一旦ターゲット刺激を通り過ぎた後に頭を戻すオーバーシュートが観測された。このオーバーシュートの角度がズレの角度とほぼ同じであったため,単純に頭部運動との関連性を分析したが,そのままでは有意な関連性を見出せなかった。そこで,頭部と視線の運動軌跡の変化を変調と捉え,二つの軌跡に含まれる振動成分を詳細に変調分析したところ,変調の位相のズレが定位方向のズレの角度とほぼ同じ値をとることが分かった。これは,聴覚の注意方向に対応する頭部と,視覚の注意方向に対応する視線との連動性を考慮した知覚が行なわれていることを示唆している。この結果は,知覚に生じる錯覚といった現実との不整合が,単純に,各モダリティの知覚処理過程,もしくは,マルチモダリティ間の統合処理過程における制約のみに起因するのではなく,身体の運動や外界との関連性によっても生じることを示している。
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