本研究では,二座配位子(L)と遷移金属イオン(M)とから自己組織化されるMnL2n組成の球状錯体をテンプレートとして用い,その表面を生体分子によって化学修飾することで,精密構造をもつ生体分子クラスターの開発を狙った.この球状錯体は,直径が数ナノメートルもある,人工合成分子としては世界最大級に大きい分子であるが,自己組織化の原理を用いているために,小さな構成成分から一段階で簡便かつ効率的に調製でき,構造に分散がない一義構造をもつ点に特徴がある.生体分子を配位子にあらかじめ連結しておくことで,生成する巨大な生体分子クラスターの構造を厳密に制御でき,定量的な修飾が可能になった. 本研究では,それぞれアルツハイマー病とパーキンソン病の原因物質とされる凝集性タンパク質であるa-betaとシヌクレインを細胞上でクラスター化して認識する,ガングリオシドGM1という生理活性糖の糖鎖クラスターを開発した.GM1には糖鎖部位と脂肪鎖部位があり,脂肪鎖部位は細胞上でクラスター化するためには必要であるが,直接的に認識に関与するのは糖鎖部位である.本研究では錯体をテンプレートとしてクラスター化できるので,糖鎖部位のみを切り出して配位子に連結する,効率的な合成反応を開発した.最終的にM12L24錯体上で配位子の数に相当する24個だけのGM1糖鎖部位のクラスターの構築を達成し,a-betaのN末端を選択的に認識する様相をNMRの解析を通じて明らかにした.分子量の大きなシヌクレインに対しても,より高分解能なNMR装置で測定したデータの解析により,N末端とC末端を選択認識する様相を明らかにできた.その他,糖鎖クラスターの無機ナノ粒子合成のテンプレートとしての活用や,ペプチドクラスターを使った段階的なDNA巻き取りなど,特異な構造を活かした応用例を示すことができ,これらの成果は原著論文・学会等にて発表した.
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