研究課題/領域番号 |
24685011
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研究機関 | 九州大学 |
研究代表者 |
砂田 祐輔 九州大学, 先導物質化学研究所, 助教 (70403988)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | 鉄 / キレート型ケイ素配位子 / 不活性結合 / 不活性分子 / 活性化 |
研究実績の概要 |
不活性な結合や分子を捕捉・活性化し変換する反応の開発は、従来法を刷新する次世代の物質合成プロセスの開発へと直結する。本研究課題では、キレート型ケイ素配位子が、鉄中心に効果的に配位し強固な骨格を与えるとともに、鉄中心に対し強く電子供与することで配位不飽和性を示す高反応性鉄錯体を与える性質を有する点に注目し、キレート型ケイ素配位子を持つ鉄錯体の構築と、不活性な分子や結合の捕捉・活性化を達成することを目的としている。 まず、前年度までの研究から引き続き、ジアニオン性キレート型ケイ素配位子として1,2-bis(dimethylsilyl)benzeneならびにその誘導体を用いた鉄錯体を合成した。錯体化学的な検討の結果、合成した一連の錯体は、いずれも高い配位不飽和性を示すことがわかった。例えば、ジカルボニル錯体[o-(SiMe2)2C6H4]Fe(CO)2 [o-{(H-SiMe2)2}C6H4] (1)は、二つの(H-Si)部位の鉄中心からの解離により、配位不飽和14電子錯体を高効率的に与える。この錯体(1)を用いることで、種々の不活性なC-H結合の変換反応が達成できることを明らかにした。例えば、1-phenylpyrazoleや2-phenylpyridine等の配向基を持つアレーンと、2-norborneneやcyclopenteneとの反応により、areneのオルト位C-H結合アルキル化が可能であることを見出した。一方、同様の反応をetylene存在下で行うと、areneのオルト位C-H結合アルケニル化が進行する事も併せて見出した。これらの反応は、キレート型ケイ素配位子を持つ配位飽和錯体[o-(SiMe2)2C6H4]Fe(CO)4 (2)を用いた場合では全く進行せず、錯体(1)の配位不飽和性が高い反応性を実現する鍵であることが示された。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本年度は、キレート型ケイ素配位子を鉄錯体に導入することで、高い配位不飽和性を示す鉄錯体が構築可能であることを明らかにした。さらに、それらの錯体を用いることで、鉄錯体による反応では従来困難であった、不活性なareneのC-H結合の高効率的な官能基化を達成できることを明らかにした。配位飽和な錯体を用いた対照実験より、今回合成した鉄錯体における配位不飽和性が反応を達成する鍵を担っていることを明らかにし、高反応性を示す鉄錯体の設計・合成指針が確立された。一連の研究を通して、不活性結合活性化を指向した鉄錯体の設計指針が確立し、またそれらの合成手法についても複数の手法から合成できることを見出している。さらに、合成した錯体の反応性の評価指針として、不活性なareneのC-H結合活性化や、窒素分子の捕捉・活性化など、反応性の評価ならびに分光化学的な定量法についての基盤の構築も行った。これらの結果より、本研究は概ね順調に進展しているといえる。
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今後の研究の推進方策 |
今後はこれまでの研究基盤を基に、より効果的に配位不飽和錯体を発生することが可能であり、高い反応性を示す鉄錯体の合成を、キレート型ケイ素配位子ならびに鉄上の補助配位子の分子設計を行うことで達成する。特に、キレート型ケイ素配位子として、高い電子供与性やトランス影響を与えうる置換基の導入や、鉄上への解離容易な補助配位子の導入により、高反応性鉄錯体の構築をさらに進める。併せて、かさ高い置換基を導入したケイ素配位子や鉄上の補助配位子の適用も検討し、高反応性を示す配位不飽和鉄錯体の速度論的安定化と利用を検討する。錯体合成の手法としては、前年度までに確立した2種の手法を重点的に検討し、一連の鉄錯体を合成する。合成した鉄錯体を用いて、前年度までに確立した、areneのC-H結合官能基化へと展開することで、鉄錯体の反応性について精査する。鉄錯体の構造・電子状態と反応性の相関について明らかにすることで、最も高反応性を示すキレート型ケイ素配位子ならびに鉄錯体骨格を明らかにする。併せて、それらの錯体を用いた窒素分子の捕捉とIR, ラマンスペクトルによる捕捉窒素分子の活性化の程度の評価を行うとともに、プロトンや水素分子との反応による捕捉窒素分子の変換を目指す。
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次年度使用額が生じた理由 |
今年度はまず、合成した各種鉄錯体の配位不飽和性についての錯体化学的な検討と、得られた錯体を用いたareneのC-H結合官能基化をまず検討した。その後、本反応の反応機構に関する知見を得るべく、重水素化された錯体および反応基質を用いた素反応の検討を行ったが、当初の錯体設計から予想された14電子中間体を経る機構に加えて、eta2-(H-Si)部位とareneのオルト位C-Hの交換過程を経て、C-H結合官能基化が進行する機構も関与していることが各種実験により示唆された。後者の機構については、これまでに前例のない新しい反応機構であったため、重水素化実験を詳細にかつ精密に行い、この検証をより重点的に行なったことから、必要とする試薬・消耗品等が当初見込みより少ない額で行うことができた。そこで次年度へと繰り越し、高反応性を示す鉄錯体開発や不活性分子・結合活性化に向けた物品・消耗品費として使用することとした。
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次年度使用額の使用計画 |
本年度の結果で、キレート型ケイ素配位子、鉄錯体の設計・合成手法とその配位不飽和性の検証、不活性なareneのC-H結合官能基化をプローブとする反応性の評価法に関する基盤が固まった。次年度はこれらの知見を統合し、キレート型ケイ素配位子を有する最も高反応性を示す鉄錯体の合成と、areneのC-H結合活性化等の高効率的な不活性結合官能基化の実現を達成するとともに、窒素分子の捕捉と化学変換への展開を目指す。これら一連の研究を実施するにあたって、主に各種キレート型ケイ素配位子、ならびに錯体合成実験および分子変換反応を行うための実験用機器や、様々なガラス器具、錯体合成や反応性の検証・応用研究に用いる試薬類等の消耗品の使用を重点的に行う予定であり、研究の当初計画通りの遂行に向けて問題はない。
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