本研究の目的は、半導体量子井戸と表面弾性波の性質を融合した「ダイナミック量子ドット」を実現し、スピン物性の解明と新しいスピン制御法の実現を通じて、スピン量子情報伝送手段としての基盤技術を開拓することである。 平成26年度は、スピン伝送距離の長距離化に焦点を当てた実験に取り組んだ。これまで解明したダイナミックドットによるスピン輸送および移動スピン共鳴においては、スピンを保持したまま輸送できる距離は、スピン軌道相互作用(SOI)に起因するD'yakonov-Perel'スピン緩和機構によって決まっている。そこで、SOIを積極的に制御したヘテロ構造を検討し実験を行った。一つはゲート電極付GaAs(111)量子井戸構造であり、単一光子計数法をベースとした偏光・時間分解PL測定によって極低温下におけるスピン緩和時間を計測し、ゲート電圧でスピン寿命をチューニングできることが分かった。また別の構造では、近年提案・実証された、SOIを精密に制御して得られる「永久スピンらせん状態」に着目し、スピン輸送距離に対する効果について実験を行った。試料はDresselhaus SOIとRashba SOIの大きさが同程度になるn型のGaAs(001)量子井戸構造を設計・作製した。量子井戸内の面内・面直の電圧印加によって、ドリフト速度・Rashba SOIとを独立に調整できる。前年度までに確立したKerrイメージング法を用いてドリフトスピンの空間分布を調べたところ、スピンのドリフト輸送距離が特定の電圧で著しく長くなる現象を観測した。さらにスピンドリフト拡散モデルを用いた理論的解析も行い、永久スピンらせん状態がドリフトスピン輸送の長距離化に有用であることを明らかにした。その他、フォトンを介した量子情報の入出力が期待できる静的な量子ドットの励起子特性の解明にも取り組んだ。
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