研究概要 |
1.世界初の電子波動関数制御による強磁性の変調 (In,Fe)Asを含む強磁性量子井戸において、量子井戸幅に系統的に依存した光学特異点のブルーシフトを観測できた。このことから、(In,Fe)Asの量子井戸の電子は非常に長いコヒーレント長を持つことが分かった。具体的には、(In,Fe)Asの電子移動度が高い(600 cm/Vs)ことかつ電子コヒーレント長は40 nm以上があることを見出した。さらに、InAs/(In,Fe)As/InAsの三層からなる量子井戸構造において上部のInAs層をエッチングすることによって、電子の波動関数のピークを(In,Fe)As層から基板側にシフトさせ、キュリー温度を55%と大幅に変調することに成功した。理論モデルを用いたフィッティングによって、s-d交換相互作用は約4.5 eVと従来の強磁性半導体の値(0.2 eV)よりも非常に大きいことが分かった。 2. (In,Fe)As薄膜における歪の効果 (In,Fe)Asを様々なバッファー層の上に成長し、(In,Fe)Asに伸張歪と圧縮歪を系統的に印加して、(In,Fe)Asの電子構造および強磁性の歪み依存性を調べた。(In,Ga)As上に成長した圧縮歪を受けた(In,Fe)Asでは、電子構造の変化が単純な歪効果で説明できるのに対して、(Ga,Al)Sb上に成長した伸張歪を受けた(In,Fe)Asは歪効果かつ量子閉込効果の影響を受けることが分かった。特に、GaSb上に成長した(In,Fe)Asのキュリー温度が約2倍高くなることを見出した。また、キュリー温度の歪み依存性も理論的によく説明できた。 3. 新しい(In,Co)Asの磁性半導体の作製 新しい(In,Co)Asの磁性半導体を作製した。しかし、(In,Co)Asは強磁性にならず、Co原子間の反強磁性相互作用のみを観測した。この結果により、強磁性を誘起するためには、d軌道のエネルギーレベルが伝導帯に近いことが重要であることが分かった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
本研究では、従来の強磁性半導体の問題点をすべて解決できる新型の強磁性半導体の開発に成功した。具体的には、 ■ 従来の強磁性半導体はp型強磁性半導体しか実現できず、デバイス応用には向いていなかった。それに対して、本研究ではn型強磁性半導体の作製に成功した。今後にスピンpn接合やスピントランジスタなどのデバイス応用に展開していく予定である。 ■ 従来の強磁性半導体では、強磁性の転移温度を決めるs,p-d交換相互作用が約1 eV程度であるため、キュリー温度を室温以上に上げることが困難であった。それにに対して、本研究で開発した(In,Fe)Asのs-d交換相互作用は厚い膜では2.8 eV、薄い膜では量子閉じ込め効果によって、4.5 eVまで上昇した。この結果により、十分に電子濃度を増やせば、室温強磁性を実現できることを明らかにした。 ■ 従来の強磁性半導体では、正孔は不純物バンドに滞在するため、コヒーレントが非常に短く、量子効果を利用することができなかった。それに対して、本研究で開発した強磁性半導体では、電子が伝導帯に滞在するため、移動度が高いゆえに、コヒーレント長も長いため、量子効果が期待できる。実際に(In,Fe)As量子井戸において、波動関数を制御することによって、キュリー温度を約55%の変調に成功した。これは世界初の成果である。
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今後の研究の推進方策 |
今後に作製した強磁性半導体を用いて、以下のスピン半導体デバイスの試作を行い、スピンデバイスの作製の基盤技術の確立およびデバイス性能の評価を行う。 ■ 鉄系強磁性半導体ベースのスピンp-n接合ダイオード構造の作製とスピン依存伝導特性の評価。 n-p接合は半導体デバイスの基本的なデバイス構造であるが、従来の強磁性半導体では、p型しかなかったために、実現されてこなかった。研究代表者は平成24-25年度において世界で初めてn型電子誘起強磁性半導体(In,Fe)Asの開発に成功したため、今後に強磁性p-n接合ダイオード構造を試作し、スピン依存伝導特性を調べる。また、強磁性層の磁化向きの書き換えによって、不揮発性的な磁気抵抗の変化を実現し、磁気センサーおよび磁気メモリへの応用を目指す。 ■鉄系強磁性半導体ベーススピンバイポーラトランジスタ構造の作製 n型(In,Fe)As / p型強磁性半導体(Ga,Fe)Sb / n型(In,Fe)Asからなるスピンバイポーラトランジスタ構造の作製を行い、磁化向きの書き換えによる電流増幅率変調効果を調べる。その特性を解析する上に、増幅率可変な増幅回路や再構成可能な論理回路への応用を検討する。
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