研究概要 |
光化学系II複合体(以下PSII)は、太陽光エネルギーを利用して電荷分離・電子伝達反応を行うとともに、酸素発生中心Mn_4CaO_5クラスターで水分解・酸素発生反応を触媒する超分子複合体である。本研究の目的は、酸素発生反応を停止させるヨウ素イオン(I^-)がPSIIに与える影響をX線結晶構造解析によって理解し、I-による酸素発生反応の停止機構とMn_4CaO_5クラスターの酸素発生機構の原理(特に、PSIIの酸素発生反応に置ける陰イオンの役割)を解明するものである。これらの原理を解明することは、植物の水分解・酸素発生反応の仕組みを理解するという学術的な研究成果のみならず、太陽光エネルギーを利用して水から電子を得る人工錯体の合成研究の進展に貢献するものである。 H24年度までの研究において、SPring-8で収集した高濃度ヨウ素置換PSII(I-PSII)のX線回折強度データを解析した結果、Mn_4CaO_5クラスターを構成するMn,Ca,O原子間の配位距離に微細な変化が生じていることがわかった。この微細な構造変化は、I-によるMn_4CaO_5クラスターの還元化であると推察し、さらに高濃度ヨウ素イオン条件下のI-PSII結晶のX線回折強度データ測定、UV可視分光測定・クロロフィル蛍光測定などの分光学的な測定により、下記の3つの反応が起こっていることが判明した。 (1)I-が水の代わりに電子供与体として働いている。 (2)電子をPSIIに受け渡したI-はヨウ素分子(I_2)となり、その後平衡反応によって三ヨウ化物イオン(I_3^-)となって電子伝達体の結合部位であるQBサイトに結合する。 (3)QBサイトに結合したI_3^-は、2電子還元されてI^-になる。 以上の結果から、PSIIの光化学反応によって各ヨウ素種が様々な酸化還元反応を行っていることが初めて認識され、I-PSII内のMn_4CaO_5クラスターの微細な構造変化は、I^-による還元化であると強く示唆させるものである。
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今後の研究の推進方策 |
本研究課題の今後の推進方策として、(1)I-PSII及び臭素置換PSII(Br-PSII)の構造精密化の完了、(2)EPR測定によるKok cycleのS状態の観測、(3)論文投稿、及び立体構造登録の準備の順に研究を行っていく。(1)と(2)は同時並行で進めていく。それと同時に、PSII結晶の高分解能化も進めていく。 (1)について、結晶構造データは40mM I-PSII,120mM I-PSII,40mM Br-PSIIの3つのデータがあり、これらの構造精密化を今年度中に完了させる。 (2)について、PSIIには5つの反応中間状態(Sistate,i=0.4)があり、S_0,S_2状態においてのみEPR測定でMn由来のマルチライン信号が観測されることがわかっている。PSIIは暗黒条件下ではS1状態が安定で、閃光照射を行うごとにS2→S3→S4→S0へと進み、その後S0からS1状態に戻る。閃光照射にはNd:YAGレーザー(532nm)を用い、現在プレ実験ではあるが、Native-PSIIにおいてS2状態におけるMnのマルチライン信号が観測できた。今後EPR測定における測定条件の最適化を行い、Native-PSII,I-PSII,Br-PSIIのS状態の観測を行い、分析データの取り集めを完了させる。 (3)について、(1)と(2)が完了次第、(3)の作業に取りかかる。平成24年度は、ESR測定以外の実験データの取得を行うことに専念したため、ESR測定のプレ実験で使用する予定であった消耗品費及びその測定に必要な蛋白質の調整費用を使用せず、残額が生じた。
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