研究課題/領域番号 |
24700354
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
下條 博美 京都大学, 物質-細胞統合システム拠点, 特定拠点助教 (40512306)
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キーワード | 遺伝子発現ダイナミクス / 神経発生 / 細胞分化 / プロニューラル遺伝子 |
研究概要 |
私たちのこれまでの研究から神経分化を誘導するプロニューラル遺伝子は未分化な細胞においてはその発現が振動するのに対して、分化が誘導されると持続発現するという異なる発現モードを示すことが明らかとなり、このことは異なる発現ダイナミクスによって異なる細胞運命が誘導されることが示唆された。そこで本研究では神経分化の過程においてプロニューラル遺伝子およびその下流遺伝子の発現動態に着目し、遺伝子の発現動態が細胞の運命決定に果たす役割を明らかにすることを目的としている。 これまでにプロニューラル遺伝子Ngn2とその下流遺伝子群は様々な発現ダイナミクスや安定性を示すことが明らかとし、このような多様性によって生み出されるNgn2と下流因子の発現の組み合わせによってニューロン分化のタイミングが決定されていることが考えられた。次にこれらの多様な遺伝子発現ダイナミクスが細胞の運命決定にどのように寄与しているか明らかにすることを試みた。そこでプロニューラル遺伝子Ngn2の発現ダイナミクスを人工的に操作し下流遺伝子の発現や細胞運命にどのような変化がもたらされるか解析を行った。Ngn2が振動しているフェーズである神経前駆細胞において人工的にNgn2を持続的に発現させると、下流因子であるTbr2の発現は早期に誘導され、早期に消失するということが明らかになった。このことは神経前駆細胞が早期にintermediate progenitorに分化したのちすぐにニューロンへと分化し前駆細胞として維持される時間が短縮したことを意味する。つまり正確な下流因子の発現誘導において遺伝子発現ダイナミクスが重要な役割を果たしていることが示唆された。今後はこの光誘導の系を用いて、ニューロンの最終分化のタイミングとそれを引き起こす因子群の発現の変化を明らかにしたい。以上の結果は第36回分子生物学会年会等の学会で発表を行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
私たちはこれまでに、プロニューラル遺伝子Ngn2の下流因子群のNgn2に対する反応性やタンパクの安定性には多様性があることを明らかにすると同時に、神経前駆細胞においてNgn2とその下流因子Dll1、Tbr2、Neurod1、Neurod4、Neurod6の発現をリアルタイムイメージングすることによって、それぞれの因子の発現が様々な発現モードを示すことを明らかにした。 これらの結果をふまえて、このような遺伝子発現ダイナミクスの多様性が細胞の運命決定にどのように寄与しているか明らかにするため、遺伝子発現を光誘導する系を用いて神経前駆細胞においてNgn2を様々な発現モードで発現誘導し、下流因子群の発現変化と細胞運命の変化を明らかにすることを目的として実験を行った。その結果、Ngn2が発現振動しているフェーズの神経前駆細胞においてNgn2を人工的に持続発現させると、下流因子であるTbr2の発現は早期に誘導され、早期に消失することが明らかとなった。これは未分化な神経前駆細胞から、intermediate progenitorへと早期に分化が誘導され、さらにTbr2陰性のニューロンへと早期に分化が誘導されたことを意味する。つまりNgn2が発現振動することで下流因子Tbr2はゆっくりと蓄積し、ゆっくりと蓄積を起こすことでintermediate progenitorとして維持される時間を稼いでいることが考えられた。このことは、下流因子を誘導するタイミングは上流因子の発現ダイナミクスに大いに寄与していることが示唆された。この結果は遺伝子発現ダイナミクスの多様性が細胞の運命決定において重要な機能を果たしていることを意味するものであり、これらの知見が得られたことは研究を発展させる上で非常に重要であると考えられる。
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今後の研究の推進方策 |
以上のような成果から、神経前駆細胞からニューロン分化が引き起こされる際に発現が誘導されるプロニューラル遺伝子Ngn2の下流因子群の発現は神経前駆細胞において多様性を示し、これらの多様性はNgn2が発現振動や持続発現といった様々な発現モードを示すことや、Ngn2に対する下流因子群の反応性に違いがあることに起因していることが明らかとなった。さらに、遺伝子発現を光誘導する系を用いることによって、神経前駆細胞に持続的にNgn2の発現を誘導することによって、下流因子であるTbr2の発現が早期に誘導され、また早期に消失することが明らかとされた。このことは、Ngn2の発現が振動しているフェーズにおいて持続的に発現させることによって、神経前駆細胞から一段階分化が進んだintermediate progenitorとして早期に分化が誘導され、さらにintermediate progenitorとして維持される時間が短縮されて、早期にニューロンへと分化が誘導されたということである。つまり、遺伝子発現ダイナミクスを改変することによって、上流因子→下流因子の発現誘導機構はそのままであるが、発現誘導のタイミングが変化し、それに伴って細胞分化のタイミングも変化したということが明らかとなった。今後は、この光誘導の系を用いてニューロンへの最終分化を決定する因子の発現や、遺伝子発現ダイナミクスによって、下流因子群の発現量、発現するタイミング、発現の持続時間にどのように変化が起こることが、細胞運命の決定にどのように寄与しているのか明らかにしたいと考えている。
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次年度の研究費の使用計画 |
これまでに、プロニューラル遺伝子Ngn2の下流因子群の発現は、Ngn2によって様々に誘導されることで多様性がうまれ、さらにNgn2の発現ダイナミクスを改変すると下流因子群の発現が変わり、細胞分化のタイミングも変化することが示唆された。細胞運命の決定における遺伝子発現動態の意義について更なる理解を深めるために、人工的に遺伝子発現を操作する系を用いて来年度も引き続き検討する必要がうまれた。 遺伝子発現を光誘導により人工的に操作することで遺伝子発現動態の意義についての理解を深めるとともに、これまでに示されたデータをもとにたてられた仮説の更なる証明を進める。遺伝子改変マウスの作製ならびに定量データの解析を進める。そのために、遺伝子改変マウスの作製費と維持費、試薬、消耗品の購入に使用する予定である。また、成果をまとめて論文投稿費、学会参加のための旅費等に使用する予定である。
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