研究課題/領域番号 |
24700378
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
田中 基樹 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 助教 (90584673)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 神経ステロイド / 興奮性シナプス伝達 / 海馬歯状回 |
研究概要 |
我々は雄ラット急性海馬スライス標本を用いた電気生理実験から、海馬歯状回領域において、脳内で産生されている神経ステロイドである内因性DHEASがAMPA受容体の機能を、内因性estrogen(E2)がNMDA受容体の機能を恒常的に増強していることを報告したが、その作用機序は不明であった。 内因性DHEASによるAMPA受容体機能調節は、その作用速度からnon-genomicな作用であることが予想された。そこで神経ステロイド合成酵素阻害薬AG投与後の細胞膜上に存在するAMPA受容体の量をwestern blottingによって解析したところ、膜上に存在するAMPA受容体の量はAGによって有意に減少し、その減少はDHEASを共に投与することで防がれた。しかしAMPA受容体の総量は変化しなかった。以上の結果より、内因性DHEASはシナプス伝達を担う細胞膜上のAMPA受容体の維持に寄与していることが示唆された。 またNMDA受容体機能亢進におけるE2の直接の作用部位を同定するため、E2受容体のサブタイプであるERαとERβそれぞれのアゴニストの作用を電気生理学的手法により調べた。その結果、ERαのアゴニストであるPPTはNMDA受容体の機能を亢進したが、ERβのアゴニストであるDPNは逆にNMDA受容体の機能を低下させた。さらにE2合成酵素阻害薬によるNMDA受容体機能低下はPPT投与によって回復したが、DPNでは回復しなかった。興味深いことに、低濃度E2はNMDA受容体の機能を亢進するが、高濃度E2は逆にその機能を抑制した。以上の結果より、生理的に産生されている内在性レベルのE2はERαを介してNMDA受容体の機能を亢進しているが、過剰なE2はERβを介してNMDA受容体の機能を抑制するという、E2によるNMDA受容体双方向調節作用を世界で初めて明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
研究実績の概要で述べたように、研究目的のひとつである内因性DHEASおよび内因性E2による恒常的な興奮性シナプス伝達増強の作用機序について、これまで知られていなかったその機序の一端を明らかにした。特にE2によるNMDA受容体双方向調節作用に関する研究成果は、既に論文をIFおよび査読付の神経科学に関する国際誌に投稿し、現在修正論文を作成中である。また研究実績の概要に記してはいないが、ラット急性海馬スライス標本において、抑制性シナプス伝達に対するステロイド合成酵素阻害薬の作用を電気生理学的手法で調べ、内因性神経ステロイドがシナプス前部からのGABA放出を恒常的に促進していることを見つけた。これは内因性神経ステロイドが、興奮性シナプス伝達においてはシナプス後部(受容体)の機能を調節しているのに対し、抑制性シナプス伝達ではシナプス前部(伝達物質放出)の機能を調節している、という点で興味深い。さらに次年度研究実施計画にある内因性神経ステロイドによる興奮性シナプス伝達調節作用の加齢依存性についても、既に週齢の異なるラットから海馬スライス標本を作製し、その標本において興奮性シナプス伝達に対する神経ステロイド合成酵素阻害薬の作用を電気生理学的手法で解析することを始めている。以上の点から、本研究は当初の計画以上に進展している、と言える。
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今後の研究の推進方策 |
脳内ステロイド濃度は加齢と共に低下し、これが高齢者における脳機能低下の一因と考えられている。そこで我々は、これまで若齢(3-4週齢)ラットにおいて内因性神経ステロイドによる興奮性シナプス伝達調節作用を調べてきたが、この作用は高齢ラットでは低下していると予想した。ラットではその誕生直後を基準とした場合、神経ステロイド合成に必要な酵素(P450scc)のmRNA量は、4週齢では80%程度保持されているが、12週齢では10%程度にまで低下していることが報告されている。そこで12週齢のラットから作製した急性海馬スライス標本において、神経ステロイド合成酵素阻害薬AGの効果を電気生理学的手法により調べた。予想に反し、12週齢のラットにおいてもAGはその興奮性シナプス伝達を低下させ、4週齢と同様に内因性神経ステロイドは興奮性シナプス伝達を恒常的に増強していると考えられた。この理由として、神経ステロイド合成酵素のmRNA量の週齢差が、必ずしも我々の実験条件におけるその酵素の発現量・活性の週齢差を反映しているとは限らないことが挙げられる。加えて12週齢ラットはヒトでは18歳程度に相当し、加齢により脳機能が著しく低下していると考えられる週齢ではない。そこで今後は、12カ月齢(ヒトにおいて45歳程度に相当)、あるいはさらに加齢の進んだラットについて同様の実験を行う予定である。 また、これまで我々は薬理学的手法によって神経ステロイドの産生を阻害し、それによる興奮性シナプス伝達の変化を解析してきた。しかしながら薬理実験はその作用の特異性に問題が残る。そこで今後はより特異性の高い分子生物学的手法、具体的にはsiRNAを用いて神経ステロイド合成酵素をノックダウンすることで神経ステロイドの産生を阻害する。そして神経ステロイド合成酵素のノックダウンがシナプス形成・興奮性シナプス伝達に与える影響を解析する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度の研究費の多くは、神経ステロイド合成に必要な酵素であるP450sccをノックダウンしたラット海馬スライス培養系を作製する為に使用する。具体的には、スライス培養系を構築するための培養液・培養試薬、ディッシュ等の器具消耗品、そしてsiRNA用の試薬購入に研究費を当てる。以上の研究費の使用は当初の計画にはなかったものではあるが、内因性神経ステロイドによる興奮性シナプス伝達調節の実証とそのメカニズムの解明には必要である。代わって、名古屋大学大学院医学系研究科にある実験動物部門を利用することにより、当初の予定より安価に実験用ラットを調達できるようになった。そのため申請書の研究経費に挙げていたラット購入費用については、当初の見積もりより抑えられている。そこでこの差額を、P450sccをノックダウンしたラット海馬スライス培養系の作製に使用する。
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