前年度までの研究において、若齢(3-4週齢)雄ラット急性海馬スライス標本を用いてステロイド合成酵素阻害薬AGの作用を電気生理学的、生化学的に解析した結果、ラット海馬歯状回の興奮性シナプス伝達は海馬で産生されている神経ステロイドDHEASによる細胞膜表面のAMPA受容体量の調節によって、恒常的に増強されていることを示した。一方ラット海馬では、神経ステロイド合成酵素(P450scc)のmRNA量、あるいはステロイド濃度が加齢と共に低下することが報告されている。そのため若齢ラットで観察された内因性神経ステロイドによる興奮性シナプス伝達増強作用は、高齢ラットでは低下していると予想した。そこで週齢の異なるラットから作製した急性海馬スライス標本においてAGによって神経ステロイド合成を阻害し、それによる興奮性シナプス伝達の変化を電気生理学的手法により調べた。若齢(3-4週齢)ラットではAGによって興奮性シナプス伝達が20-30%程度低下することを既に報告している。このAGの作用は12週齢、6カ月齢ラットにおいても、若齢と同程度に観察された。一方12カ月齢では10%程度の低下しか観察されず、AGの作用は減弱していた。加齢ラットでは記憶や学習機能が低下していることが報告されている。本研究結果から、内因性神経ステロイドは比較的若いラット(3週齢から6カ月齢)では興奮性シナプス伝達を恒常的に増強しているが、加齢ラットでは脳内神経ステロイド合成能の低下によって、その興奮性シナプス伝達増強作用は低下しており、それが記憶学習機能の低下につながる可能性が示された。今後はin vitroに加えin vivoの実験系も用いて、脳内ステロイド合成不全がラットの学習記憶に与える影響について検討を行う必要がある。
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