研究課題
神経細胞に存在する神経伝達物質とその受容体の役割を明らかにすることは、精神神経疾患の発症機構を解明するためにも重要である。そこで、視床下部神経細胞由来のGT1-7細胞を用いて、Gタンパク質共役型受容体(GPCR)の刺激による細胞内シグナル伝達機構を詳細に解析した。(1)ERKの活性化に関与する因子: GT1-7細胞では、GPCRのひとつであるゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)受容体の短時間の刺激によってMAPキナーゼの中のERKが活性化される。阻害剤とsiRNAを用いた解析によって、この機構にはGタンパク質のGqあるいはG11が関与し、PKCα、PKCδ、PKD、PYK2、そしてSrcファミリーの関与も明らかとなった。(2)ErbB4の切断に関与する因子: GnRH受容体の長時間の刺激では、ErbB4が切断されて細胞質側には80k断片が蓄積する。この機構にもGq/11とPKCが関与することが分かった。一方で、PKD、PYK2、Srcファミリーは関与しないことが分かった。(3)網羅的な発現解析: DNAマイクロアレイによる網羅的な発現解析によって、GnRH受容体の刺激によって、MAPKカスケードに関与する遺伝子の発現が顕著に変動することが明らかとなった。興味深いことに、MAPKの脱リン酸化酵素(MKPs)の発現も上昇していた。以上の結果から、GnRH刺激によってErbB4はトランスに活性化されて、ERKを活性化する。また、ErbB4の切断によってリガンドのひとつであるNRG1との結合が阻害され、NRG1-ErbB4シグナル伝達が抑制されると考えている。NRG1とErbB4は統合失調症の候補遺伝子として知られているが、疾患発症に関する詳細は分かっていない。ErbB4の切断機構の解明によって、発症機序を解明する新たな切り口になると考えている。
2: おおむね順調に進展している
GnRH受容体刺激によるERKの活性化およびErbB4の切断機構には、Gタンパク質のGqあるいはG11が関与すること見出した。阻害剤およびsiRNAを用いた実験によって、ERKの活性化には、PKC、PKD、PYK2が活性化されることが分かった。また、SrcファミリーはGnRHの刺激に関わらず活性化しているが、その阻害剤であるダサチニブで細胞を処理した場合、GnRH刺激によるERKの活性化は顕著に抑制された。よって、SrcファミリーはGT1-7細胞では常に活性化された状態で存在し、PYK2の活性化に働いていることが示唆された。さらに、DNAマイクロアレイを用いてGnRH刺激後の遺伝子発現を網羅的に解析した。その結果、発現が有意に変動している遺伝子群には、MAPKカスケードに含まれる遺伝子が顕著に見られた。また、興味深いことに、MAPキナーゼの脱リン酸化酵素(MKPs)遺伝子の発現が上昇していることが明らかとなった。つまり、GnRH受容体刺激によって、MAPキナーゼの活性化と同時にその脱リン酸化酵素の発現が上昇しているという新しい知見が得られた。GnRH受容体刺激によるMKPsの制御については、ほとんど分かっていないため、今後の進展が期待される結果である。実験の進捗状況として、DNAマイクロアレイの実験を優先に行ったため、24年度に予定していた分泌型NRG1とHB-EGFの定量は今後進める方針である。免疫沈降実験による因子間の相互作用の解析は進行中である。
GnRH受容体の刺激によって、Gタンパク質が活性化され、PKCを経てERKの活性化とErbB4の切断が生じることが分かってきた。これら二つの機構には異なる因子が関わっていることも明らかとなった。ERKの活性化機構には、GnRH受容体を介したErbB4のトランスな活性化が関与すると考えられるが、ErbB4の活性化因子は分かっていない。今後は、以下の4点に着目して研究を進展させる。(1)GT1-7細胞では、ErbB4のリガンドであるHB-EGFとNRG1が発現していることから、そのいずれかがErbB4の活性化に働くと考えられる。そのため、HB-EGFあるいはNRG1 のELISAキットを用いて、GnRH刺激によって細胞外へ分泌型として生成される因子を同定する。(2)マイクロアレイの発現解析によって得られた遺伝子群について、定量RT-PCRおよびウエスタンブロッティング法によって、発現が上昇していることを確認する。(3)これまでの研究によって、GnRH刺激によるERKの活性化機構へPKCα、PKCδ、PKD、PYK2およびSrcファミリーの関与が明らかとなった。そこで、これら因子の相互作用を免疫沈降実験によって明らかにする。(4)ErbB4とNRG1は統合失調症との関わりが知られているが、発症機構における役割は分かっていない。ErbB4の切断によるNRG1のシグナル伝達の破綻が疾患の引き金となる可能性を検討するために、弧発性の統合失調症での機能異常が報告されているドパミンやグルタミン酸受容体の刺激によってErbB4が切断されるか検討する。
ErbB4のトランスな活性化および切断機構に関与することが明らかとなった因子について、それらの相互作用を検討するために、ErbB4、EGFR、PYK2、PKD、Srcファミリーに対する抗体を用いて免疫沈降実験を行う。そのための一次抗体および検出試薬などの一般試薬が必要となる。ErbB4のトランスな活性化に関わるリガンドを明らかにするために、市販のマウスHB-EGFおよびNRG1のELISAのキットを購入する。DNAマイクロアレイによる網羅的な発現解析の結果、GnRH受容体の刺激によって、発現が上昇した遺伝子群(MAPキナーゼの脱リン酸化酵素)について、タンパク質レベルでの発現を確認する。高額な備品の購入予定はなく、抗体などの一般試薬と細胞培養試薬を中心に研究費を使用する。
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