研究概要 |
外傷性脳損傷であるびまん性軸索損傷(Diffuse axonal injury: DAI)は,頭部に衝撃力が加わり,強制的な回転加速度により脳組織が変形し,神経軸索に引張応力が負荷されることで生じる病態である.本研究では,衝撃引張ひずみ負荷により誘発された軸索損傷と神経細胞間の情報伝達機能の関係を明らかにする. 25年度は,DAI患者の脳内に多く発現が認められているβアミロイド前駆体タンパク質(beta-amyloid precursor protein: β-APP)に着目した.軸索輸送物質であるβ-APPは,引張損傷後の軸索膨張部位に蓄積し軸索輸送機能を低下させる.また,軸索球と呼ばれる軸索断裂部位への蓄積は,輸送機能の停止を引き起こす.頭部外傷時の脳組織変形による神経細胞の引張挙動を模擬可能な衝撃引張ひずみ負荷装置を用い,引張後の神経軸索のβ-APP蓄積を観察することで軸索損傷を定量的に評価した. 本装置は,単軸引張が可能なPDMS(polydimethylsiloxane)製チャンバーに引張荷重を加えることで,チャンバー内に培養した神経細胞にひずみを負荷する.引張速度と引張変位を独立に制御することで,様々なひずみとひずみ速度を組み合わせることが可能である.ラット大脳皮質由来初代培養神経細胞に4種類の衝撃ひずみ(ひずみ[%]/ひずみ速度[/s]: 10/11, 15/21, 22/27, 30/38)を負荷し,負荷後3時間経過した神経細胞のβ-APPを免疫染色および蛍光観察した.軸索輸送が低下した神経細胞を軸索膨張にβ-APPが蓄積した細胞数で,軸索輸送が停止した神経細胞を軸索球にβ-APPが蓄積した細胞数で定量化した.その結果,ひずみ22%,ひずみ速度27 /s以上において軸索輸送障害を起こした細胞の割合,軸索球を持つ細胞の割合が共に有意に増加した.よって,神経細胞間の情報伝達機能を低下もしくは停止させる軸索損傷の閾値が,ひずみ15~22%,ひずみ速度21~27/sに存在することを示した.
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