研究課題
若手研究(B)
人工網膜は網膜色素変性で重度視覚障害に至った患者に対して、人工的に視覚を再建することを目的とした埋込型医療機器である。現在の医療では本疾患に対する有効な治療法が確立されていないため、本医療機器は未来の失明治療として期待されている。これまでの人工網膜の臨床試験の結果から、人工網膜で得られる視覚は健常者の視覚と異なることが明らかになっている。そのため、人工網膜の視覚に適応するための視覚リハビリテーションが今後必要となると考えられる。当該年度、申請者はタッチパネルディスプレイとパソコンを組み合わせた視覚リハビリテーションシステムを試作した。これはタッチパネルディスプレイ上に正方形の視標をランダムに呈示する装置である。被検者が視標位置を正確にタッチすると正解の音声が出力され、誤った位置をタッチするとその距離や位置に応じて音声を出力する(例「右」、「左」など)。この音声がフィードバックとなり、この試行を繰り返すことでリハビリテーション効果が得られると考えた。人工網膜のシミュレーションとして、市販の視覚代行機器(オーデコ)を用いた。これは人工網膜同様に頭部に設置されたカメラで外界の画像を取得して、その映像を基に額に設置した多極電極で電気刺激を行なうことで疑似触覚を発生させ、前方の障害物を認識させるシステムである。取得する画像に眼球運動が反映されない点や画像の拡大率が被検者の予想と異なる点が人工網膜に類似している。検証実験としてオーデコ装着状態で視覚リハビリテーションを100試行繰り返した。実験の結果、音声フィードバックを行なったときは音声フィードバックなしに比べて有意に正答率が上昇した。視標の呈示位置と被検者のタッチ位置の関係を調べると、音声フィードバックを行なわない場合は視標よりも右下方をタッチする傾向にあったが、音声フィードバックを行なうことでそのずれが補正された。
2: おおむね順調に進展している
計画では視覚代行機器を用いて人工視覚向け視覚リハビリテーションを検討行なうことを予定していた。タッチパネルディスプレイとPCを組み合わせて視覚リハビリテーションシステムを試作できた。このシステムの特許を出願した。また、視覚代行機器「オーデコ」を使って視覚リハビリテーションの検証を行ない、音声フィードバックの効果を示すことができた。このように当初の計画をおおむね達成できたと考えている。
まず、より効率的な視覚リハビリテーションを開発するために音声フィードバックの手法をさらに改良することを計画している。具体的には、視標位置とタッチ位置との距離に応じて音声のトーンを変化させる等などが考えられる。様々な方法の音声フィードバックを検証し最適なフィードバックの手法について検討する。さらに、触覚フィードバックの効果についても検証する。当該年度は市販の視覚代行機器を人工網膜のシミュレーションとして用いていたが、より人工網膜システムの状態に近い方法での実験を行なうために、次年度は人工網膜シミュレーターを開発する。人工網膜シミュレーターは小型カメラとノートPCとヘッドマウントディスプレイと画像処理ソフトを組み合わせたシステムで、カメラで捉えた映像をノートPCで画像処理を加え光の点の集合体としてヘッドマウントディスプレイに表示する。人工網膜で得られる視覚は「光の点の集合体として外界の画像が知覚される」という特徴を有するが、このシステムはこれに近い状態を再現する。事前の研究で得られた視覚リハビリテーションが人工網膜シミュレーターでも同様に効果が得られるか検証を行なう。
次年度開発予定の人工網膜シミュレーター試作に必要なカメラ、ノートPC、ヘッドマウントディスプレイの購入に研究費を充当する。また、画像処理ソフトの購入を行なう。本試作に必要な実験消耗品や電子部品の購入を行なう。被検者を対象に行なう検証実験を行なうにあたり、被検者として参加していただくボランティアに対して謝金を支払う必要がある。そこで当研究費を謝金の支払いにも使用する予定である。そのほか研究発表あるいは人工視覚関連の情報収集のための出張費や文献購入にも当研究費を使用する。
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