研究概要 |
申請者は,ある一定方向(運動方向に対して左向き)に外乱が生じる新奇な力場課題を用いた腕到達運動学習実験を行なっている際に,獲得される運動記憶が,運動計画と運動実行に対応する階層的な2つの学習プロセスによって構成され,それらの相互作用によって形成されることを示唆する興味深い結果を得た. 力場環境下において、多くの被験者が,6~7試行に一回程の頻度で,力場の影響を“過補償”し,それまでとは逆方向の右向きの弧を描くように大きく軌道を修正することが分かった.この軌道修正は,直前の試行で課題を失敗した場合に観察された.この結果は,課題が成功していた際に活性化していたプロセスだけでなく,課題が失敗した場合に活性化する別の学習プロセスが存在する可能性を示唆している.そこで、意図的に課題の失敗を誘起させるため,運動終点で外乱が最大になる力場を開発した.実験の結果,課題が失敗した直後の試行で,力場を過補償する程大きな軌道の修正が観察された.さらに驚くべき現象が,力場学習後の脱学習過程(力場なし環境)において観察された.力場環境から力場なし環境に移行する際,力場学習の後効果によってターゲットに到達できず課題を失敗するため,次の試行では軌道が大きく修正される.さらに課題を継続すると,運動はある曲線軌道に収束した.この軌道は,力場学習前に力場なし環境下で観察される直線軌道とは明らかに異なっていた.その曲線軌道は20分以上も保持されたことから,単なる力場学習の後効果の持続では説明できない.むしろ,課題の失敗を誘起する力場学習前後において,異なる運動計画によって異なる運動が実行されたことを示唆している. 本研究によって得られた知見は,運動学習過程において,運動計画と運動指令の学習プロセスがどのように相互作用し,どのように潜在的な運動記憶を形成するかという神経メカニズムに示唆を与える.
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