研究課題
我々の研究室では、膵β細胞量におけるエピジェネティクス制御機構の研究を行っている。本研究計画では、食事による栄養素、特にアミノ酸がエピジェネティクス制御を介して、膵β細胞量にどのような影響を及ぼしているかについての検討を行っている。現在までに得られた結果として、異なる食餌(通常食と高脂肪食)を与えたマウスの膵島におけるアミノ酸量を比較検討したところ、高脂肪食マウスの膵島において全般的なアミノ酸量の低下が認められた。血清中におけるアミノ酸量の比較では高脂肪食マウスの方がアミノ酸量が増加していることから、この現象は膵島特異的であるものと考えられる。また我々はこれまでにエピジェネティクス修飾酵素の一つであるHDACのアイソフォーム別に膵島における発現量を検討してみた。HDACには1~11までのアイソフォームが知られているが、この中で特に膵島においては3,6,9の発現量が多いことが明らかとなった。また前述の通常食マウスと高脂肪食の膵島の比較検討においても、HDACの発現量は大きく変化し、また免疫染色によって核への移行にも影響していることを既に明らかにしている。またマウス膵β細胞株であるMIN6細胞に各種アミノ酸を負荷することによって、DNAメチル化やヒストン修飾がどのように変化するかについての検討を行った。これらの実験に関しては負荷時間や濃度によって結果が異なるため、in vivoにおける生理的データを基にして、条件設定することが必要と考えられた。増殖シグナルに関してはいずれの条件においても亢進傾向が認められたが、これはmTORC1シグナルの亢進などエピジェネティクス制御とは独立した因子によるものと考えられた。そのため増殖シグナルを検討する際は、エピジェネティクス制御によって調節される指標が必要と思われ、現在検討中である。
2: おおむね順調に進展している
膵β細胞量がエピジェネティクス制御によって規定されているという報告は決して多くなく、さらに食生活がエピジェネティクスを介して膵β細胞量を調節しているという仮説は非常に新規性の高いものと考えている。平成24年度においては、まず仮説の前提を検証する実験から開始することとなったが、食餌内容によって膵β細胞内におけるアミノ酸量が変化すること、またそれによってエピジェネティクス修飾酵素の発現量が大きく変化しうることを明らかとした。これらの結果は、研究目的である「食生活と膵β細胞量」、および「食生活とエピジェネティクス」を実証する結果といえる。さらにはChIPアッセイによってヒストン修飾の変化やBisulfite sequenceによってDNAメチル化に関する評価を行っているが、in vivoにおけるデータは概ね予想通りの結果が得られている。今後n数を増やすことによって、エピジェネティクスを評価する項目が追加されるものと期待している。逆に培養細胞を用いた実験系では、予想より難渋しており、やや遅れ気味ではあるが、in vivoのデータが期待以上であり、これらのデータを基にすることによって今後進展するものと期待している。
これまでにエピジェネティクスに関する基礎的検討は十分できており、今後はアミノ酸が膵β細胞に及ぼすエピジェネティックな変化と、それに伴う膵β細胞量の変化について検討を行っていく。具体的には、平成24年度で行った培養細胞を用いた実験系の条件設定を基に、各種アミノ酸をマウス膵β細胞株MIN6細胞に負荷、あるいは各種アミノ酸欠乏メディウムでMIN6細胞を培養することによって、MIN6細胞にどのようなエピジェネティクス制御および増殖シグナルが変化するかを検討する。また同様にin vivoでも検討すべく、各種アミノ酸過剰配合食あるいは各種アミノ酸欠乏食を野生型マウスに与えることによって、膵β細胞にどのような変化があるかを検討する。またこれらの結果から、膵β細胞保護効果があると予想されるアミノ酸を、糖尿病モデルマウス(db/dbマウスなど)に投与することによって、膵β細胞量や耐糖能にどのような影響があるか検討する。
平成24年度と同様に、各種bufferなどを作製するために必要な一般試薬や、エピジェネティクス修飾解析や発現解析に用いるための分子生物学試薬を購入する。その他に、平成25年度は動物を用いた実験が多くなるため、それらに費やす研究費が多くなると想定している。具体的には、糖尿病モデルマウス(db/dbマウスやKK-Ayマウスなど)の購入や、動物に与えるアミノ酸配合食および欠乏食の購入、またそれらの動物の飼育管理費などである。さらに平成25年末にはヨーロッパ糖尿病学会において成果発表を行う予定であり、その旅費として使用する予定である。また平成25年度末には欧米の専門誌に論文を投稿する予定であり、そのための校閲費、および研究成果投稿費として使用することを計画している。
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Diabetologia
巻: 56 ページ: 1088-1097