本研究では大気及び降水中におけるモノメチル水銀(以下、MMHg)の濃度変動要因と生成・消失過程に関する知見を得ることを目的とした。そのため、降水中MMHgの週単位の長期モニタリング及び数時間間隔の降水イベント内MMHg濃度変動の把握、並びにMMHgの光化学反応に関する実験的検討を実施した。また、これまでデータがほとんど得られていない大気及び大気液相中におけるMMHgの定量も試みた。これらの調査研究の結果、水俣市における降水中MMHgの雨量重み付け平均濃度が寒候期(12月から翌年4月)に経年的に低下していることがわかった。降水量の経年的な変動や気象条件の明瞭な変化は認められないため、MMHg濃度の低下現象にはMMHgやMMHgの生成に関与する物質の大気放出量の変動が影響している可能性があるが、詳細は未だ不明である。また、降水イベント内のMMHgの濃度変動を調べた結果、ほとんどの降水において初期降水中のMMHg濃度が中期、終期降水に比べて高かったが、複数の低気圧が関与するイベントの場合に濃度変動パターンが複雑になった。初期降水中の濃度が高い場合には大気粒子の沈着が大きく影響していると考えられたため、大気粒子中MMHgの定量を試みたが、その濃度は極めて低かった。一方、模擬降水として塩酸と硝酸でpH4に調製した溶液に6種の低分子有機物と無機水銀を添加し、野外にて日射を3時間当てたところ、アセトアルデヒド、メタノール、酢酸からわずかにMMHgが生成した。とりわけ、アセトアルデヒドと硝酸が共存した溶液の場合に生成量が多くなることがわかり、これらの光化学反応によって生成するメチルラジカルが無機Hgのメチル化に関与していると推察された。しかしながら、低分子有機物との光化学反応によって生成するMMHg量は無機Hg添加量の0.1%以下であり、降水中Hgの数%を占めるMMHgのすべてを説明できるわけでない。そのため、今後さらなる調査研究が必要である。
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