本研究では、南極海の海洋生態系の保全と利用にかかわる国際制度間の相互作用を特定したうえで、相互作用が制度の有効性に及ぼす影響、制度間の相乗効果を強化し悪影響を回避・軽減するための対応、そうした対応を駆動した要因を分析した。 南極条約体制(ATS)の枠内では、南極条約協議国会合(ATCM)、環境保護委員会、南極海洋生物資源保存委員会(CCAMLR)の間で特別保護区域の設定に関する権限の詳細化・明確化が図られたことが分かった。また、生態系アプローチの先駆的事例として評価されてきたCCAMLRの管理措置が他の地域漁業管理機関からの科学的知見と政策手法の学習を通じて立案された過程を特定した。 ATCMと国際海事機関(IMO)との間では、極域航行指針の策定にあたって競合が生じたが、専門性や適格性を相互に学習することで調整が図られ、こうした経験はその後の重油規制において制度間の関係を安定化する要因として働いた。CCAMLRとCITESの間では、CITES附属書掲載提案がCCAMLRにおける資源管理措置の強化につながった。 ATSと国連との間では、国連総会での南極問題の議論、ATSの排他性に対する批判が、ATSの正統性確保のための行動を促し、ATSにおける意思決定を促進した。また、国連海洋法条約と南極条約の間の不整合に関して、オーストラリアが単独で自律的な調整を図ったケースも特定されたが、そこでは領土権に関する南極条約の基本原則の維持と対立の再燃回避が調整の促進要因として働いた可能性が高い。 こうした事例分析により、制度間の権限の明確化・詳細化という、いわば「棲み分け」が海洋の統合的管理を推進する上で重要な役割を果たしうることが分かった。また、相互作用の管理の分析枠組みの改良のためには、調整行動の積み重ねによる制度間の安定化の過程を明示的に組み込むことが有用であることが明らかになった。
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