研究概要 |
プリンヌクレオシドやDNAへのX線照射によって生成される修飾ヌクレオシドに着目し、HPLC-PDAおよびLC-MS/MS法を用いて同定・定量するとともに、X線の線量依存性やヌクレオシド溶液の濃度効果について解析を行った。また、マウスへの頭部放射線照射の影響を明らかにするために記憶・学習行動解析実験を行った。Adenosine(Ado), Deoxyadenosine(dAdo), Guanosine(Guo), Deoxyguanosine(dGuo)水溶液にX線を照射し、(d)Adoから8-oxo-(d)Ado, 2-OH-(d)Ado, (d)Inoが、(d)Guoから8-oxo-(d)Guoが生成されることを明らかにした。X線によるこれらの修飾ヌクレオシドの生成には線量依存の効果が極めて高く、(d)Adoの照射では8-oxo-(d)Adoが最も生成されやすいということが判った。さらに、HPLC-PDAを用いた解析から、X線照射によって上記の修飾ヌクレオシドの他にも複数の塩基修飾体やリボース修飾体、デオキシリボース修飾体が生成されることを明らかにした。精製DNAへのX線照射により8-oxo-dGuo, 8-oxo-dAdo量が顕著に上昇したが、その生成量はヌクレオシドへの照射時と比較するとそれぞれ1/25, 1/100であった。以上のことから遊離のヌクレオシドはDNA中に存在するこれらのヌクレオシドよりもX線による損傷を受けやすいことが明らかとなり、DNA, RNAへの遊離ヌクレオチドの供給源であるヌクレオチドプールが放射線障害のターゲットである可能性を示すことが出来た。さらにnucleotide-triphosphatase, 8-oxo-guanine DNA glycosylase欠損マウスにおいて頭部放射線照射4週間後の短期記憶が減少する事を明らかにした。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究では放射線障害の原因としてヌクレオチドプール(DNA, RNAへのヌクレオチドの供給源)やDNA, RNAにおける異常修飾ヌクレオチドの生成と蓄積が起こることを想定し、放射線照射によって生成される損傷ヌクレオチドに関連した酵素群の働きに着目している。研究の目的は、放射線照射によって生成・蓄積する修飾ヌクレオチドやDNA・RNA損傷に対してDNA・RNA修復酵素やヌクレオチドプール浄化酵素群が果たす役割について明らかにし、頭部放射線照射による脳機能障害の分子メカニズムを明らかにすることである。平成24年度の成果により、遊離のヌクレオシドはDNA中に存在するこれらのヌクレオシドよりもX線による損傷を受けやすいことが明らかとなり、ヌクレオチドプールが放射線障害のターゲットである可能性を示すことが出来た。さらに精製DNAへのX線照射によってもラジカル由来の8-oxo-dGuo, 8-oxo-dAdoの生成を確認できたことから、これらの修飾ヌクレオシドの生成を手がかりとして放射線生物学的影響の解析を今後行うことが出来る。さらに、新たに[15N]/[13C]-安定同位体標識の8-oxo-dAdoを精製し、LC-MS/MSによる絶対定量系を確立した。さらにマウスおよび細胞へのX線照射の方法を確立した。 上記に加えて、DNA修復酵素や修飾ヌクレオチド分解酵素の遺伝子改変マウスを用いた頭部放射線照射の影響の行動学的解析や免疫組織化学的解析を進めており、平成24年度には本研究が目的としている放射線生物影響の分子メカニズムについて明らかにするための知見を得る事が出来た。それらの成果を元に今後の研究を円滑に進めることが出来る。 以上のことから現在までの研究はおおむね順調に進展しており、今後の進展が望める。
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今後の研究の推進方策 |
平成24年度の成果により、8-oxo-dAdoや8-oxo-dGuoなどの修飾ヌクレオシドは放射線障害のマーカーとして有用であると考えられる。次年度以降はこれらの修飾ヌクレオシドに加え、X線照射により生じた現在未同定の修飾ヌクレオシドについても特徴を明らかにしていく予定である。 ラジカルにより発生した損傷ヌクレオシドと脳機能障害発生のメカニズムを総合的に明らかにするために現在、放射線照射処理を行ったマウスやアルツハイマーモデルマウス、DNA修復酵素や修飾ヌクレオチド分解酵素の遺伝子欠損マウスを用いて脳内の8-oxo-dAdo, 8-oxo-dGuoの定量と行動解析実験等を進めている。モデルマウスならびにX線照射後のマウスの脳を大脳皮質、海馬、小脳等に部位分けし、未固定の組織から抽出したDNA, RNA中の8-oxo-(d)Adoや8-oxo-(d)Guoの定量的解析をLC-MS/MS法を用いて行う。これらのマウスを用いたWater maze testやPassive avoidance testなどの学習・記憶行動実験を実施し、学習・記憶行動の異常と修飾ヌクレオシドの関係について明らかにしていく。さらに、頭部への放射線照射の末梢組織への間接的な影響についても、LC-MS/MS法を用いた解析を行う。 マウスへの頭部X線照射によるDNA損傷の影響について、ヒトのnucleotide-triphosphataseを過剰発現するhMTH1-Tgマウスを主に用いて病理学的解析ならびに行動解析を行う。このマウスでは脳における8-oxoGの蓄積が野生型と比べて減少することが報告されており、放射線抵抗性が高いことが予想される。X線照射後に灌流固定し回収した脳の凍結切片を作製し、病理学的解析を行う。
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