炭素原子からなる一原子層膜(グラフェン)の発見が契機となり、遷移金属カルコゲナイト系層状物質や六方晶窒化ホウ素など炭素以外からなる原子膜の物性探索が近年活発になってきている。さらに、これら異なる原子薄膜を人工的に積層した超構造の作成も可能になってきた。原子薄膜超構造は、構造や構成する原子薄膜、表面や界面で顕著な効果(界面ラシュバ効果や誘電環境)に依存して物質特性を制御できると考えられ、新しい機能を有した省電力デバイスの設計に適している。本研究の目的はこうした原子薄膜超構造を用いて、省電力なスピンデバイスを提案する事である。 申請者はこの目的の達成のために、2枚のグラフェンで任意の誘電体薄膜を挟んだ超構造(二重層グラフェン)に着目し、内部の誘電体薄膜の効果や界面特性がキャリア移動度に与える影響について理論的な研究を行った。荷電不純物による散乱と電子遮蔽効果を考慮した理論モデルを構築し、ボルツマンの輸送方程式により定量的にキャリア移動度の誘電率依存性と層間距離依存性を評価した。これにより、二重層グラフェンの電子移動度が内部誘電体の誘電率に強く依存する事、及び、グラフェンの層間距離が短くなると、強い層間遮蔽効果により電子移動度が向上する事が明らかになった。さらに、キャリア移動度のそれぞれの層のキャリア密度依存性を計算し、キャリア移動度を向上させるパラメータ領域を明らかにした。このように、原子薄膜超構造においては、デバイス特性は構造によって制御可能である事を具体的な解析により示した。これらの構造制御とデバイス物性の関係から、より深い原子薄膜物性の理解と新しいデバイスが創成される可能性があり、その土台となる理論を与えた点において本研究は有意義である。
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