エピゲノムを構成するヒストン修飾のうち、ヒストンH2Aの119番目リジンのユビキチン化(ubK119-H2A)は、ポリコームなどのE3ユビキチンリガーゼ複合体によって制御され、転写抑制に関与する。それに対し私は、VRK1キナーゼによる隣120番目のスレオニンのリン酸化(pT120-H2A)が転写活性化をもたらすこと、さらにubK119-H2AとpT120-H2Aは相互に拮抗するという仮説を立て、発現マイクロアレイおよびChIP-seqのゲノムワイド解析を用いて、これの実証を試みた。その結果、仮説の裏付けとなるサイクリンD1を含む複数の遺伝子領域を同定した。すなわち、siRNAを用いてVRK1をノックダウンすると転写レベルが低下するとともにpT120-H2Aが低下し、一方ubK119-H2Aが上昇すること、このことはHeLa細胞の他2種類の細胞株でも起きる、普遍的な現象であることを確認した。またVRK1ノックダウンによる細胞増殖の著しい低下をサイクリンD1の過剰発現によって部分的に回復できた。以上の結果および、私の所属する研究グループの2つの結果、①ヒストンリン酸化模倣変異体(H2A-T120D)をNIH3T3細胞で過剰発現させるとトランスフォームすること、②ヒトの癌患者由来の組織でpT120-H2Aが顕著に見られることから、VRK1-ヒストンH2Aのリン酸化-サイクリンD1転写オンの一連の経路の異常活性化が、細胞癌化をもたらす一因となることを示唆する。 またVRK1ノックアウトマウスの精子形成異常の解析を研究期間内に完了させることはできなかった。しかしながら、pT120-H2AとubK119-H2A拮抗バランスの破綻が、細胞癌化や生殖細胞形成不全をもたらすという、より発展的な次段階の仮説を検証する方針に転換し、ubK119-H2Aの脱ユビキチン化酵素USP21とVRK1のダブルノックアウトマウスの作製が完了し、現在このエピゲノム解析を開始している。
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