日本・中国・台湾に生育するクスノキを対象に遺伝分析用の試料を採取し、マイクロサテライト遺伝マーカー(11遺伝子座)を用いて804ジェネットの遺伝子型データを得た。これらの情報を用いて、遺伝的多様性、遺伝的分化、遺伝的混合等を解析した結果、(1)日本集団の遺伝的多様性は中国・台湾の半分程度であること、(2)日本にはプライベートアレルはほとんど存在しないこと、(3)日本と中国・台湾のジェネットは明瞭に区分されるが、(4)各地域内の遺伝的構造は不明瞭であることが示された。さらに、複数の個体で地域間(日本と中国・台湾集団)の遺伝的混合が認められ、特に胸高直径100cm以下の小さな個体や人為的な影響が強い場所に生育している個体で顕著であった。以上の結果から、(1)日本のクスノキはいわゆる外来種や史前帰化植物ではなく、固有の遺伝的地域性を有していること、(2)日本のクスノキの遺伝的多様性が低いのは、氷期のボトルネック効果によるものと推察されること、(3)近年になって日本と中国・台湾の間で遺伝子移入が生じていることが明らかとなった。本研究の成果は、由来が不明だったクスノキの起源と遺伝的地域性を明らかにしたのみならず、巨樹・巨木を分析することによって数百年~数千年前の遺伝的特性を把握し、それらが自然科学的要因と社会科学的要因の双方によって時間的・空間的に変化してきたことを示すものであり、極めて独創的である。また、クスノキの需要は中国国内で急増しており、適切な利用・管理方法を考える上でも重要な基礎となる。
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