本研究の目的は、中国新疆ウイグル自治区の民族問題を歴史認識の面から検証する事である。なぜウイグル族と漢族との間で衝突が生じるのか。この問いに答えるために、現代中国においてウイグル族の歴史が体制側と少数民族側でそれぞれどのように語られてきたかを考察し、この二つの「歴史」の相克を軸に新疆の民族問題を捉え直した。 平成24年度(初年度)は、体制側によって語られるウイグル族の歴史がいかに変遷してきたかを、文献調査および中国での現地調査によって考察した。加えてウイグル族によって語られるウイグル史に関して現地調査を行った。結果として中華民国期(20世紀前半)、中華人民共和国建国初期(1950年代)、改革開放期以降(1980年代以降)と時代が進むにつれて、体制側によるウイグル史が漢族中心の歴史観に推移していく様を確認した。 平成25年度は、文献研究を中心にウイグル族自身の歴史認識に関する研究、特に1980年代以降のウイグル史の再構築について考察した。結果として、漢化が進む現状に対して民族アイデンティティ喪失の危機意識を持つウイグル族知識人たちが主導した、自民族の歴史を発掘し再構築するための諸活動を確認した。 平成26年度(最終年度)は、ウイグル族自身の手によって語られてきたウイグル史のナラティブ分析を行い、20世紀以降の思想的系譜を明らかにした。更に三年間の総括として、20世紀を通じてウイグル族と漢族(体制側)が「歴史」をいかに語り、利用し、歴史認識の相克が民族間の軋轢・衝突の助長にいかに作用したかを考察した。さらに以上の知見に基づいて、「歴史」が民族と国家間の紛争およびその和解に果たす役割を、一般化・理論化して考察できたことは意義深い成果といえる。以上の研究成果は最終年度に開催された三度の国際大会(海外一回、国内二回)で報告し、加えて平成27年度に完成の博士論文の一章となる予定である。
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