本研究の二年度目である25年度の研究実績は、初年度の成果を引き継ぎながら、以下の視点から、「情動のデモクラシー」を形成する根本的な諸論点を解明したことにある。 第一に「決断」と「情熱」。民主主義であれ資本主義であれ、近代の市民社会の制度は、質的に異なる特異な諸個人を均質化・数量化することで成り立っている。現代のデモクラシーにおける「決断」の論点のひとつは、私にとっての他者の存在を、「誰でもよい誰か」の偶然性のみならず「偶然的であるがゆえの必然性」としていかに肯定できるのか、という点である。デリダのキルケゴール論を手がかりとしつつ、この肯定性を、キルケゴールが信仰のうちに見出した「他者への情熱(Lidenskab)」として探究した。 第二に「労働」と「言語」。ポストフォーディズムと呼ばれる現代の労働形態が複雑になるにつれ、労働の本質はますます言語によって規定されるようになる。資本主義のこの言語は、しばしば劣悪な環境で労働に従事せざるをえない労働者の「感情労働(やりがい)」を鼓舞するための言語としても現れる。他方、デリダが民主主義の条件として見出したひとつの要点に「すべてを言う権利」としての言語の無条件性がある。言語活動のこうした無条件性の観点から、資本主義経済による感情労働の搾取という実態を批判的に考察し、労働の民主化の条件を模索した。 第三に、補足的な作業として、初期デリダの代表作『散種』の再読を通じ、以上のような言語の無条件性への観点を、プラトンからマラルメに至るミメーシス論の脱構築として再検討した。
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