本研究の最終年度である26年度の研究実績は、以下の二つの視点から、デリダにおける「情動のデモクラシー」の展開をなす根本的な諸論点を解明した点にある。 第一に「友愛」概念の系譜の再解釈。しばしばアリストテレスに帰される「おお友よ、友はいない」という言葉は、近代の校訂版によって覆されるにいたった。しかしデリダの再解釈が明らかにしたのは、あらゆる友愛が、死者への呼びかけとしての哀悼的構造をもち、それがむしろアリストテレスからニーチェへと至る友愛の隠された伝統を形成するということであった。本研究はその論点を明確にすることにより、死せる友たちの記憶によって共同体とその政治が形成されてきた「情動のデモクラシー」の新たな論点を示すことができた。 第二に「国家創設」行為について。本研究が、情動のデモクラシーの基礎をなす根本問題として行き着いたのは、国家や共同体を創設する立法行為の問いであった。デリダのアメリカ独立宣言論は、この問題に、ひとつの言語行為論的な説明を与えており、なおかつ、言語行為論の限界を指摘するかたちで、命名や署名の反覆可能な構造における謎を明らかにした。本研究は、この論点をあらためて追究することにより、情動の共同体を媒介する「固有名の効果」というさらなる論点への道筋をつけることができた。 上記の点に付帯する成果としては、デリダの重要だが未邦訳にとどまっていた独立宣言論を日本語に翻訳・紹介し、デリダ研究の基礎資料的な次元での貢献をすることができた。また、初期デリダの研究に欠かせない、フランスの哲学者ジェラール・グラネルの古典的なデリダ論も翻訳・紹介することができた。
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