本年度の研究成果は、前年度までに行った、テーテンスの二つの主著、『一般思弁哲学について』(1775)と『人間本性とその展開についての諸試論』(1777)の読解を踏まえて執筆した二つの論文である(「テーテンスとカント-超越的/超越論的をめぐって」(日本哲学会編『哲学』第66号掲載)、「テーテンス『人間本性とその展開についての諸試論』とカント」(『香川大学教育学部研究紀要』第一部第143号掲載))。前者では、『一般思弁哲学について』の中心概念である「超越的(transzendent)」の意味が、『純粋理性批判』の「超越論的(transzendental)」へとどのように引き継がれていったのか、明らかにした。論文の中で、テーテンスが「観察」という方法に依拠しつつ、経験の成立条件の析出を目指している点で、ヴォルフの立場とは区別されることを明確化したが、これは当時の状況を「ヴォルフ主義的な経験主義的潮流」VSカントという図式で読み解く従来の研究手法が不十分であるを示すものでもある。 後者では、『人間本性とその展開についての諸試論』の第一部全体の見取り図を描くとともに、そこで展開されている経験的心理学が、『純粋理性批判』の「超越論的演繹論」の構成に与えた影響を解明した。「超越論的演繹論」(特に第1版)において、カントは心の能力の使用を「経験的」と「超越論的」に区別しているが、この「経験的使用」において、テーテンスの経験的心理学的考察を積極的に受け入れていることが確認できる。しかし、これはあくまでも上記の使用の区別を前提にしてのことであり、カントの超越論的な考察の中に経験的心理学が混入しているわけではない。こういった点が明らかとなった。
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