本研究は、内部告発という具体的なテーマを哲学的に研究することを通じて、最終的には、規範性一般の内部と外部とを分かつ境界がどのような性質のものであり、いかなる条件によってそれぞれが成立するのか、という規範性の境界問題に応えることを目的としている。 本年度は、前年度に引き続き、規範性の境界に関わるさまざまなアプローチからの検討を試みた。たとえば、犬塚元責任編集『岩波講座 政治哲学2 啓蒙・改革・革命』に所収の論考「ヒュームとスミス:共感と観察者の理論は正義を語りうるか」では、ヒュームとスミスの共感基底的な道徳哲学の理論が正義を支えるそのあり方の違いを論ずることで、正義という一見すると固定されているかに思われる規範の境界がかなりの揺れ幅をもって捉え得ることを示すことができた。また、中部哲学会シンポジウムでの報告「自然化の行き着く先としての倫理の非自然性:戸田山からウィギンズ、そしてヒュームへ」では、本質的論争可能性によって展開する道徳の歴史性を核とするウィギンズの非自然主義的な道徳哲学の試みを参照して、ヒュームの道徳哲学が、自然主義的な知的探求による道徳の把握が最終的にはそれを支える非自然性に突き当たるということを示す試みであったという解釈を提示し、規範性の境界の振幅を支える規範的岩盤のありかを示そうとした。それに関連して、ウィギンズの主要論文を収録した翻訳書『ニーズ・価値・真理:ウィギンズ倫理学論文集』(勁草書房)を出版した。
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