本研究は、中国における現地調査を通して、中国護法神信仰に関連する造像作例の所在・基本情報等を博捜・収集し、その後の分析につなげるための基礎資料データベースの構築を目指すものである。そのため、本研究では現地調査を研究の主軸としている。これに加えて文献・石刻史料の造像の記録、信仰の記録を集成する作業を継続し、造形とテキストの両面から護法神信仰、とりわけ南北朝時代から隋唐代にかけての護法神信仰の具体相に迫った。 本年度は、山西省太源市の山西博物院、遼寧省瀋陽市の遼寧省博物館、無垢浄光塔、同朝陽市の北塔および北塔博物館、南塔、朝陽市博物館、関帝廟(朝陽県博物館・朝陽県文物管理所)、北京市の中国国家博物館、首都博物館、居庸関において、仏教造像を対象に現地調査をおこなった。特に、山西省各地で出土・収集された四面石像、碑像等の石造像、中国国家博物館、首都博物館が所蔵する同様の石造像を中心に熟覧・写真撮影をおこない、一つの作例に複数の龕を多数造り出す場合、力士像、神将形像等の護法神像の種類が、どのように選択されるのか、その傾向についても考察を加えた。また、前年度と同様、唐代に護法神像の整理が行われて以降、姿を消してしまう正体不明の護法神像の異例についても情報を収集した。 これと並行して、四天王像、毘沙門天像等の主要な護法神像についても考察をおこない、論文「退敵の毘沙門天と土地の霊験説話―唐末五代期の毘沙門天像の位置づけをめぐって」(『仏教文明と世俗秩序 国家・社会・聖地の形成』、勉誠出版、2015年)としてまとめた。
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