当該年度は、前年度までにやり残していた『雨やどり』の諸本調査をほぼ完了し、各伝本の本文・挿絵の比較検討を続行した。従来の本文系統論を改めるほどの結論には達していないが、作品を研究するための基盤は整った。 また、『しぐれ』と中世王朝物語『あきぎり』との関係についての考察を論文にまとめた。その過程で、『しぐれ』永正十年絵巻の古態性についてさらに検証した。たとえば、男主人公の実名(「さねあきら」)が記されることが『しぐれ』の後代性の証と考えられていたが、永正十年絵巻ではそれが地の文には記されず、帝という上位者の発言中にしか現れないという点で、他の諸本とは一線を画している。また、概して他の諸本では、永正十年絵巻に比して登場人物の性格や言動が単純化される傾向にあり、悪役・善役の区別を明確にする意図が見られる。しかし、その傾向に反して、清水寺の別当のみは、他の諸本の方がその悪役像をやや緩和しようとしている。そこには、宗教性・教訓色を前面に打ち出す室町物語的な特徴が顕著に現れているというべきであり、逆に永正十年絵巻の古態性が浮かび上がってくるのである。他の諸本では男主人公についても理想化が一層進んでいるが、単に主人公だからというだけでなく、最終的に出家遁世を果たす人物であることが大きな要因であろう。このような観点は、本作品にとどまらず、広く王朝物語と室町物語との差異を考える上で、一つの手がかりになると思われる。
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