平成27年度の主な研究成果は、身分的境界領域層にあった京都の書肆「吉田四郎右衛門」の出版活動の実態を具体的に明らかにできた点にある。 吉田四郎右衛門は江戸時代前期から幕末にかけて京都で活躍した書肆であった。その歴代当主は出版を生業としていたが、代々朝廷から六位の官位を与えられ、「院雑色」にも補せられていた。最終年度はこの書肆の歴代当主の営為を、実際の出版物を通して検討することで、身分的境界領域にあった彼らが江戸時代の京都歌壇や文壇に果たした特異な役割について明らかにした。 たとえば、拙稿「吉田四郎右衛門出版年表」により、現存する吉田四郎右衛門版のうち、その約三分の一以上が江戸時代後期に活躍した六代元長の代に出版されたことが判明した。近世後期になると、堂上と地下の勢力関係は逆転現象を起こしはじめ、とくに寛政年間には地下が京都歌壇を侵食しはじめる。元長はこのような過渡期に当主として活躍した。彼の出版書の内容や、周辺にいた蘆庵社中・その他古学派の人々との交流を見ると、元長が古学の伝播に、出版というメディアを通して関わっていた様子が浮かび上がってくるのである。つまり、江戸前期の吉田四郎右衛門は、院雑色・禁裏御書物所という境界的立場から、朝廷の知を地下社会へと広げる役割を担っていたが、江戸後期の吉田四郎右衛門――とくに六代元長は地下文人の知を社会へ、さらには堂上へも広げる橋渡し役を果たしていたのである。 また、その他の成果としては、吉田四郎右衛門が刊行した小沢蘆庵の家集『六帖詠草』の編纂意識を明らかにするとともに、豊田高専に所蔵される『非蔵人座次惣次第』についても前年度に引き続き研究を進め、それぞれ論文としてまとめることができた。
|