本研究は、政治・文芸・ジャーナリズムの他領域にわたって活躍した福地桜痴の知的活動の全体像の解明を目標としている。本年度は、明治演劇界における桜痴の影響について、具体的な分析を行った(①)。また昨年見つかった新出資料を用い、桜痴の父、福地苟庵の学識が桜痴に与えた影響について、具体的な検討を行った(②)。加えて、桜痴に関する幕末期の時代背景を解明するために、資料調査を行った(③)。 ①桜痴の後代への影響の考察 桜痴の作品が後世に与えた影響として、山崎紫紅を取り上げた。紫紅の作劇動機は、桜痴作品への批判から始まっているが、それまでに発表された坪内逍遙の随筆では、桜痴史劇の評判と作品の価値とを別にとらえていた。これらをふまえ、紫紅の桜痴批判がどのように作品に反映されているのかを分析した(学会発表「山崎紫紅の八百屋お七――その成立と趣向について)。 ②福地苟庵の教育と影響 前年度までは苟庵の言述を桜痴が筆録した『耳食録』(日本近代文学館蔵)、『続イ記』(東北大学狩野文庫蔵)、『イ記』(国文学研究資料館)を調査してきた。本年度は、明治期に桜痴が提唱した「文学」観において、苟庵の説をどのように吸収していたのか、具体的に検討を進めた。これによって、桜痴の「文学」観の新たな立脚点を提示することができた。(学会発表「福地桜痴の交友と業績」。雑誌論文「福地桜痴の「文学」観成立の背景――父の教えと交友関係――」)。 ③江戸後期時代背景の解明 名古屋大学図書館所蔵の『浮世珍説録』を調査した。本書は桜痴が上京した安政五年前後の江戸市内の事件や噂話などについて記されたものであり、立教大学図書館『安政雑志』や、『藤岡屋日記』と同一記事を含んでいる。どのような状況の中に桜痴が身を置いていたのかを具体的に示す資料である。また、桜痴の序文を含む刊本のほか、これまで看過されてきた写本類などの調査も行った。
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