研究課題/領域番号 |
24720125
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研究機関 | 香川大学 |
研究代表者 |
田多良 俊樹 香川大学, 経済学部, 准教授 (40510467)
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キーワード | アイルランド大飢饉 / 現代アイルランド小説 / James Joyce / Louis J. Walsh / Liam O'Flaherty / Frank O'Connor / 民族主義 / 記憶の継承 |
研究概要 |
本年度は、前年度の学会発表を、「James Joyceの"Great Hunger"―ポスト大飢饉小説としての Ulysses」と題する論文へと結実させた。また、同じ口頭発表で扱った Louis Walsh に関する論文をすでに脱稿しており、今後しかるべき学術誌に投稿する。Joyce と Walsh を考察することにより、大飢饉後に育った同じ世代の作家が、大飢饉の記憶を民族主義的に継承しようとする方向(Walsh)と、大飢饉の記憶は受け継ぎながらも民族主義的な暴力の発露は忌避する方向(Joyce)という2つの傾向があることが判明した。 さらに、本年度の中心的な研究対象のうち、Liam O'Flaherty と Frank O'Connor に関しては、先行研究を収集のうえ、批判的に検討し、それぞれの代表的な大飢饉小説を詳細に分析した。O'Flahertyは、小説 Famine において、大飢饉を現代アイルランドの民族主義の起源として扱っている点で、Walshの系譜に連なる。ただし、O'Flahartyは、イギリス系の出自を示す母方の旧姓を偽名として使い、英国近衛歩兵第4連隊に所属した経歴を持つ。O'Flahertyにおいては、大飢饉の記憶が、アイルランド人のアイデンティティ再確認の手立てとなっている。 一方、O'Connor は Joyce の系譜に連なると言える。短編Ghostでは、大飢饉時に立ち退きを迫られアメリカに渡った小作農の子孫が、祖先の土地を表敬訪問し、自らの祖先を追放した地主の子孫と懇意になる。先祖の仇敵との懇意になったことに戸惑うアイリッシュ・アメリカンを描くO'Connorは、大飢饉の余波を正確に描きつつも、大飢饉を単に民族主義を高揚させるために利用しているのではない。この意味で、O'Connorの短編もまた、ポスト大飢饉小説の一例だと言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
「研究実績の概要」の欄で述べたように、現在までに、Joyce論文の公刊、Walsh論の脱稿、O'Flarhery および O'Connor の作品に関する考察までが終了している。これらは本年度の研究計画の範囲内であり、その意味では、研究の進捗状況はおおむね計画通りと言ってよいだろう。 ただし、厳密に言えば、Walsh 論と O'Flaherty 論は本年度中に公刊する予定であったが、果たせなかった。その原因は、本年度の教育業務の大幅な増大にある。その合間を縫って作品分析を継続的に行い終了させることはできたが、それを論文という形で言語化することができなった(Walsh論の場合は、投稿しようとしていた学術雑誌の締切までに脱稿できなかった)。 また、もう一人の研究対象である Elizabeth Bowen については、平成25年1月に学内紀要に論文を発表する予定であったが、先行研究が想定していたよりも多く存在していることが判明し、その収集と批判的に検討に時間がかかり、作品分析にまで至っていない。今後は、速やかに作品分析を進めていく。 以上のように、本年度中に終えるべき作品分析のほとんどが終わっているが、それを当初の計画通りに投稿するまでに至っていないという点で、現在までの達成度は、「やや遅れている」と評価せざるを得ない。ただし、先述した Joyce と Walsh の小説に関する論考をまとめることができた点は、今後、本研究が、現代アイルランド小説における大飢饉表象の多様性をとらえるための出発点となるはずで、相応の意義はあったと考えている。
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今後の研究の推進方策 |
まずは、O'Flaherty と O'Connor に関する論文を仕上げることを最優先とし、来年度上半期中に、学術雑誌や学内紀要に発表する。次に、Bowenに関する先行研究を批判的に検討し終えて、自分の考察をまとめる。このBowen論は、来年度下半期中に投稿を目指す。 さらに、当初計画のとおり、最終年度となる来年度は、John Banville、Joseph O'Connor, およびNuala O'Faolainに関する研究を進める。このうち、O'Connorについては、平成26年10月に開催予定のIASIL-Japan年次大会で口頭発表を行うべく、準備を進めてゆく。他の2人の作家についても、作品の分析自体は、来年度中に終えておきたい。 加えて、当初計画どおり、夏季休業期間を利用して、BanvilleとO'Connorにインタヴューを行う予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
上述のように、本年度は、作品分析そのものを進めることに時間を割いたため、その成果を、北アイルランドのベルファストで開催された国際学会で発表する計画を果たすことができなかった。また、たとえばアイルランド国立図書館のような海外の学術機関で一次資料をさらに蒐集する必要性も、本年度は生じなかった。これらの理由から、旅費として想定していたものが未使用となった。 加えて、本年度中に刊行されるはずであった大飢饉関連の研究図書の多くが、出版延期になった。ゆえに、これらの購入にあてるはずだった設備備品費が残存する結果となった。 本年度残存した旅費については、次年度分の旅費と合算し、ダブリンで作家にインタビューを行う際に必要な経費として使用する。 また、本年度残存した整備備品費は、刊行が延期になった研究図書の購入にあてる。なお、当初計画の時点で次年度に計上していた整備図書費は、計画通り、次年度の研究対象となっている作家の先行研究の収集に使用する。
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