19世紀イギリス小説における「歩行」表象についての研究を行った。いわゆるcanonと呼ばれる小説を中心に分析した。主だったものは以下の通りである。 まず、上流・中流クラスの女性においては舞踏会や求愛活動の一社と考えられる異性と二人きりの散歩などをJane Austen、Emily Bronte、George Eliotなどの女性作家による小説を中心に分析した。女性の歩行には限られたスペース、時間帯、保護者あるいはコンパニオンとの距離など様々な制約がある中で、歩行がやっと読者に許されるという状況が多々ある。 一方でThomas Hardyによる労働者階級の女性の歩行では、健康的な美の表現であると同時に貧困による歩行が頻繁に描かれ、男女作家、階級間の差が浮き彫りになった。 また、Charles Dickensで描かれる「歩行」は独特で、ロンドンの下町においてはもちろん単なる移動手段として描かれる一方で、その歩いている人物の視点は観光者のそれと一致するよう描かれている。ロンドン案内を思わせる移動が、必要に迫られて歩く労働者の辛さを緩和させる効果があるのかもしれないし、ロンドン以外に住む読者に向けた描き方をしているのかもしれない。そのために作者はあえて歩行による人物移動を選択したと考えられる。 総じて19世紀は多くの小説が生まれた時代であり、まだまだ研究の余地が十分にあるので、引き続き研究をする必要があり、分析をまとめ次第、日本文化との比較を行う。
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