研究課題/領域番号 |
24720138
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研究機関 | 同志社大学 |
研究代表者 |
大沼 由布 同志社大学, 文学部, 准教授 (10546667)
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キーワード | 中世英文学 / 西洋古典 / 驚異 |
研究概要 |
本研究は、中世ヨーロッパの人々が、西洋古典の影響を受けつつ、自らの理解の範疇外にある出来事をいかに記述してきたかを分析し、そこから当時の人々の認識や精神性を解明しようとするものである。 本年度はまず、14世紀の架空の旅行記である『マンデヴィルの旅行記』という作品の複数ある版のうち、これまでほとんど注目されてこなかった二つの版を取り上げ、主流となっている版と比べてどのような変化がおこっているかを論じた。その中で、驚異の語り方や他者への態度、という点も注目したが、それが、本研究の主眼である、中世ヨーロッパの人が自らの理解の範囲外にある物事をいかに受容したか、という点と関わってくる。具体的には、取り上げた二つの版は、全体的にキリスト教道徳観の濃い記述となっており、超自然現象の理解の一つに、それを神がなした業とし解決を図ろうとするアプローチがあったことが認められた。 これ以外に、2012年度にドイツで行った学会発表に基づき、古代から中世のアマゾン族のイメージの変遷について、「幻想」という面を意識して分析を進めた。その結果、他者であるアマゾン族を、自らと比べどのように描写するか、という点が、古典時代に比べ中世では多様化していることがわかった。自らの理解の範囲外の存在を、疎外する方向で進む場合や、取り入れる方向で進む場合、相対的にとらえる場合などがあり、十字軍など、現実世界での歴史的要素も影響していることがうかがえた。この結果をまとめた論文は2014年度初めに刊行された。 以上が本年度の研究成果の内容だが、その意義と重要性は、これまで注目されてこなかった作品を含む多くの作品を取り上げ、広い視野の中で、超自然現象の認識の具体例を示し、中世人の精神性の一端を具体的な記述から明らかにしたことにある。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
本年度は、当初の予定では、超自然現象を理解する際のスコラ学の関わりを追求する予定だったが、スコラ学に関しては資料収集にとどまり、実際分析を進めたのは、驚異・幻想といった分野になった。これにより、具体的な超自然現象の記述と受容に関する論考は、かなり深めることができた。成果の発表場所として、学会も想定していたが、論文中心となり、研究成果をより完全な形にまとめることもできた。研究実績の概要で取り上げたもの以外に、二つの論文集に寄稿する論文も執筆した。一つは日本語で執筆し、国内で出版されるもので、もう一つは英語論文で、ベルギーの出版社から上梓予定で、どちらも現在編集作業の途上にある。 また、アマゾン族に関する論を雑誌論文ではなく、国内で日本語で書籍として出版される論文集に寄稿したことは、研究成果公開促進という点で大きな一歩となった。いかにアカデミックでありつつも一般読者をひきつけるか、という点に留意することとなり、より広く研究成果を公開しようとする試みとなったためである。 研究論文以外に、古代ローマを代表する作家であるオウィディウスの作品が、中世ヨーロッパでどのように受容されたかについて論じている研究書を紹介する短文も執筆した(研究成果の発表ではないため業績には記入していない)。超自然現象の記述の多くが元をたどれば古典作品に行きつくため、この研究書を精読することにより、超自然現象の受容に対する土台を俯瞰する機会が与えられた。 以上のことから、当初の予定を越える論文を発信する機会に恵まれ、ある部分は計画以上に進展したといえる。しかし、当初の予定にあったスコラ学に関する調査が文献収集にとどまったことや、その分野は自分の中にこれまでの蓄積があまりないことを考えると、新たな分野への踏み出しがやや遅れたことは否めないため、やや遅れをとったという自己評価となった。
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今後の研究の推進方策 |
今後の推進方策としては、まずはやはり、遅れをとったスコラ哲学についての調査を進めることが重要である。幸い、当初の計画でもスコラ哲学の調査には2年をかける予定であったため、計画全体としては調整可能であると考える。文献収集は既に行ったので、それらを読解し理解を深め、さらに必要な文献を補充していきたい。 それに加え、科学研究費の分担研究の一環として、今年度内に、中東とヨーロッパの驚異譚の比較研究に関する研究書を上梓予定である。担当箇所は既に初稿を作成・提出済みであるため、年度をかけて推敲していきたい。同時に、2012年に行った海外発表を論文にまとめたものを論文集として出版する、という現在進行中の計画や、以前の研究発表でまだ論文にまとめていないものを論文にすることも努力していきたい。 さらに、9月にはイギリスでの学会発表もきまっており、そちらでは、超自然現象と博物誌について扱う。この準備も進め、発表後は、本年度後半から来年度前半にかけて、論文にまとめたい。 以上のように、具体的に既に進行中の計画や、決定済みのものもあるため、それらをこなしつつ、新たな分野であるスコラ哲学の調査をしなければならない。論文執筆に時間をとられすぎないよう、意識的に新たな分野の関連著作を読解する時間を確保する必要がある。スコラ哲学については少し思考を熟成させる時間をとることと、はっきりとした締め切りが設定されていない論文は急ぎすぎず、スコラ哲学の調査のための時間とバランスをとることを心がけていく必要があると思われる。
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