研究課題/領域番号 |
24720152
|
研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
川島 隆 京都大学, 文学研究科, 准教授 (10456808)
|
キーワード | ジェンダー / 国民意識 / ドイツ語圏 / スイス像 / 文化史 / ポップカルチャー |
研究概要 |
当初の計画にもとづき、前年度から引き続いて、(1)ドイツ語圏の文学におけるジェンダーとナショナリティをめぐる理論的な研究を進めた。科研費(基盤(B))「プラハとダブリン、20世紀文学の二つのトポス―言語問題と神秘思想をめぐって」との共同で、19世紀ボヘミア(現チェコ)地域におけるナショナリズム問題を考えるうえでの鍵となる思想家としてフリッツ・マウトナーを取り上げ、従来はあまり重要視されてこなかったマウトナーのボヘミア小説の民族主義的な要素を、マウトナーの言語哲学と突き合わせる作業を行った。そこから、多民族・多言語地域における言語問題とナショナル・アイデンティティの形成をめぐる複雑な様相の一端を明らかにすることができた。以上の研究成果を神戸・ユダヤ文化研究会、関西チェコ/スロバキア協会、ゲーテ自然科学の集いにて報告し、各学会誌等にて論文として公表した。 さらに、前年度に引き続き、(2)ドイツ語圏におけるスイス表象の問題を追求した。今年度は、前年度に研究した作家ヘルマン・アダム・フォン・カンプと関連づけられる女性作家ヨハンナ・シュピーリを主に取り上げ、現在ではスイスの国民作家とされるシュピーリの文学におけるナショナル・アイデンティティの問題と、女性作家として(おそらく)ヨーロッパで初めて女性の高等教育(大学進学)と職業化の問題を少女小説のテーマとしたシュピーリにおけるジェンダー問題の布置を考察した。その研究成果をスイス文学研究会で発表するとともに、シュピーリ文学に関する一般向けの概説書を河出書房新社から刊行した。さらに、スイス民衆文学の専門家アルフレート・メッサーリ(チューリヒ大学教授)と、カンプやシュピーリの文学に詳しいペーター・ビュトナー(北京航空航天大学講師)両氏を海外から招へいし、シュピーリ文学に関する国際シンポジウムを開催した。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
ドイツ語圏のナショナル・アイデンティティとジェンダー意識の形成をめぐる理論的研究については、現在の研究の進行状況を鑑みて、当初予定していた18世紀末から19世紀初頭にかけての時期よりも、19世紀中葉から後半に軸を移すことにした。その方面の理論研究に接続する作家・作品研究では、とくにフリッツ・マウトナーやヨハンナ・シュピーリといった(従来は大衆的な作家と見なされ、比較的研究の対象となりにくかった)作家の文学作品におけるナショナリズムやジェンダーの問題に光をあてることで、大きな成果が得られたと考えている。当該の研究テーマに関する資料収集および研究成果の公表はもとより、一般向けの概説書や国際シンポジウムの一般公開により、研究成果の社会へのフィードバックにも力を入れた。 とくに、当該の研究分野に関するドイツとスイスにおける専門家らと緊密に連絡を取りつつ研究を進め、国際シンポジウムを成功させて重要な知見が得られたため、全体として研究は順調に進展していると評価できる。その結果、スイスの作家シュピーリが普仏戦争時のドイツとフランスの対立を背景に作家活動を始め、「スイス人の女性作家」としてのアイデンティティを形成していったことが明らかとなった。同時に、スイスのイメージがヨーロッパで果たしてきた文化史的な意義と、同じイメージが現代日本の文化において担っている社会的な機能についても考察の対象となり、今後のさらなる研究成果が期待される。
|
今後の研究の推進方策 |
上述のように、18世紀末~19世紀初頭の文学・思想の理論的研究については、今後は研究の中心からは外し、その点はスイスの研究協力者の理論に依拠して補完するものとする。 それ以外は、基本的に当初の予定どおり研究計画を遂行する。
|
次年度の研究費の使用計画 |
今年度、海外から研究者を2名招へいして国際シンポジウムを開催したが、そのうち1名(ドイツ人研究者)がスイスから中国の大学に移籍したため、招へいに必要な旅費が当初の想定よりも低く抑えられた。 現在の研究状況において新たに必要となった一次資料および二次資料の購入に使用する予定である。
|