当初の計画にもとづき、前々年度および前年度から引き続いて、(1)ドイツ語圏の文学におけるジェンダーとナショナリティをめぐる理論的な研究を進めた。今年度は特に、一つの国民国家の枠内で形成されたアイデンティティが現代社会において、他国のマスメディアによる表象との相互作用のもとでいかなる変容をこうむっていくかを、メディア論的な観点から重点的に取り扱った。その研究成果を日本独文学会において発表した。また、研究の一環としてメディア哲学の分野の翻訳書『メディア、使者、伝達作用』を晃洋書房から刊行した。 もう一つの柱として取り組んでいる(2)スイス表象のテーマに関しては、前年度に引き続きスイスの女性作家ヨハンナ・シュピーリの研究に的を絞った。シュピーリの代表作である児童文学の古典『ハイジ』を例に、一つの文学作品がメディア横断的に人気を博するなかで国際的なスイス像の形成に寄与するプロセスと、その像がさらにスイス人の国民的アイデンティティにフィードバックされる経緯を追った。その研究成果を日本児童文学学会および日本比較文学会関西支部において発表した。また、この分野における研究の第一人者であるジャン=ミシェル・ヴィスメール氏(作家、ジュネーヴ在住)とジュネーヴ国際ブックフェアにて共同発表を行い、同氏の著書『ハイジ神話』の翻訳を晃洋書房から刊行した。さらに、同氏および『ハイジ』の最新の邦訳を偕成社から刊行した若松宣子氏をゲスト講師に招き、『ハイジ』をめぐる文化現象を考える国際シンポジウムの第二弾を開催した。
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