研究課題/領域番号 |
24720154
|
研究種目 |
若手研究(B)
|
研究機関 | 首都大学東京 |
研究代表者 |
山本 潤 首都大学東京, 人文科学研究科(研究院), 准教授 (50613098)
|
研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2015-03-31
|
キーワード | 記憶 / ドイツ中世文学 / 英雄叙事詩 |
研究概要 |
平成24年度は今後二年間のための基礎構築を行った。まず『ディエトリーヒの逃亡』における集合的記憶のあり方への解釈の土台を準備するため、同作品の「語り」の性質を明らかにすることを試みた。集合的記憶を伝え、口承の領域での歴史伝承と見なされる英雄伝説を素材とし、それを書記作品化するという英雄叙事詩というジャンルは、ドイツ語圏では『ニーベルンゲンの歌』および『哀歌』により確立されたが、これはそうした記憶の伝承がメディアを変えたことを意味する。メディアの転換に伴い、そこでの「語り」の基盤は口承の「語り」とパラダイムを違えていることは『ニーベルンゲンの歌』においても既に確認されているが、『ニーベルンゲンの歌』からさらに半世紀を経た時点で成立した『ディエトリーヒの逃亡』には、さらに宮廷叙事詩や箴言詩、年代記文学など他のジャンルからの影響を確認することができる。クルシュマンいうところの「英雄叙事詩についての叙事詩」、すなわちメタ英雄叙事詩ともいえる『ディエトリーヒの逃亡』における集合的記憶の在り様を考察する上で、作品自体の立ち位置を明確にする必要があるため、特に作品内で重層化している「語り」とその「語り手」の関係に着目して解釈を行った。この成果を2013年2月の慶應大学でのシンポジウムで口頭発表した。さらに、『ディエトリーヒの逃亡』および『ラヴェンナの戦い』を収録する写本Wを所蔵するオーストリア国立図書館を訪問し、同写本の精細な検証を行った。この調査は、作品成立から間もない時点での写字生の作品とそこで扱われている英雄伝承に関する認識を探るものであり、『ディエトリーヒの逃亡』と『ラヴェンナの戦い』の持つアクチュアリティを考察する上で不可欠なものといえる。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
平成24年度の研究では、当初の計画をほぼ予定通り遂行することができた。まず、最も大きな目標であった写本Rおよび写本Wの調査に関しては、前者はウェブ上でのデジタルデータの公開が開始されたためそれを参照し、また後者に関しては上述のようにオーストリア国立図書館を訪問して解釈に必要な精細なデータを収集することができた。『ディエトリーヒの逃亡』および『ラヴェンナの戦い』に関しては、2003年以降E.リーネルトによる新校訂版の刊行に伴い精確なテクスト解釈の下地が準備されたが、今回の調査では特に飾り文字による内容区分と作品全体の構成の関係という、校訂テクストのみからは得られない新たな視点を獲得できたことは有益であった。また、今後の研究を行う上での理論構築を果たしたことで、『ディエトリーヒの逃亡』におけるジャンル複合性と「語り手」を解釈の中心に据えるという研究の方向性をより明確化することができた。こうした状況から、現在まで研究はおおむね順調に進展しているということができる。一点、可能であればさらに行いたかったことして、『ディエトリーヒの逃亡』の翻訳作業を挙げておく。
|
今後の研究の推進方策 |
今後はまず平成24年度の写本調査で得られた知見とデータをもとに、写本Rと写本Wの比較検証を行う。その際には特に飾り文字の配置と物語の内容区分に着目し、そこに写字生ないしは編集者の物語とその重層化されている「語り」の在り様に対しての認識を探る。そしてディエトリーヒ・フォン・ベルンの生涯についての包括的記述を含む、純然たる年代記文学である『皇帝年代記』での記述と、『ディエトリーヒの逃亡』および『ラヴェンナの戦い』の比較検証を行う。『皇帝年代記』では、はラテン語による歴史記述の中のディエトリーヒに関する情報と、口承の英雄詩に語られる彼に関しての物語背景の齟齬が直接的な記述の対象となっているため、書記と口承というメディア間の関係に関する中世当時の認識を知るためには絶好の研究対象といえる。『皇帝年代記』と『ディエトリーヒの逃亡』における歴史意識の比較検証に関して、平成25年度6月に行われる西洋中世学会のシンポジウム内での口頭発表が既に予定されている。これらの結果を踏まえて、研究対象を当初の予定通りに「英雄本散文」や『角質化したザイフリートの歌』へと拡大してゆく予定である。
|
次年度の研究費の使用計画 |
現在ドイツ中世研究において、「虚構性」および「歴史性」というテーマが活発な議論の対象になっている。これらのテーマに関しての洞察を深めることは、集合的記憶を伝承するメディアであった英雄伝説の書記文芸作品化であり、また年代記的要素も併せ持つディエトリーヒ叙事詩を研究対象とする上では必要不可欠である。そのため、研究費の大きな割合を参考文献の購入に当てる予定である。また、今後も継続して日本ではほとんど研究蓄積のない作品を扱うことになるため、ドイツ・オーストリアへの研究および資料収集を目的とした調査旅行が重要であり、そのための旅費を計上する予定である。
|