平成26年度の研究成果としては、まず当該年度に新たに獲得した日本学術振興会の研究成果公開促進費により、これまでの本研究の成果の一部を反映させた単著、『「記憶」の変容―『ニーベルンゲンの歌』および『哀歌』に見る口承文芸と書記文芸の交差』を出版したことが挙げられる。当書は、声の文化の領域での歴史伝承を担っていた英雄詩が、文字の文化の地平へと導入された際に、そこに伝承されていた過去の記憶がいかなる変容を遂げたかを主題としており、当研究の基礎をなしている。本書の刊行を通して研究の土台を今一度確固としたものとすることのできたことの意義は大きい。 また、26年度9月に刊行した共著書『カタストロフィと人文学』での論考「破滅の神話―近代以降の『ニーベルンゲンの歌』受容とドイツ史」では、『ニーベルンゲンの歌』の再発見とその後の受容の問題点を、ドイツ史と関連させて論じた。本稿では当研究により得られた中世における英雄叙事詩の同時代的受容に関しての理解を論考の基礎に置いた。さらに、本研究の主要研究対象である歴史的ディートリヒ叙事詩の持つ歴史性に関しての考察をより深めるため、ドイツより当該主題に関して多くの業績のある研究者を招聘し、国際コロキウム「ドイツ中世文芸における歴史性と虚構性」を2015年3月に主宰した。 本研究で得られた成果の反映およびそれを基礎とした論考を、単著および共著の形で一般書として刊行をしたことは、未だにロマン主義的な見解が残存する日本での一般的な『ニーベルンゲンの歌』理解に、一石を投じることができたものと考えている。またドイツの気鋭の研究者を招聘して意見交換を行い、同時に国際コロキウムを主宰することで国内の中世研究者に向けてドイツの当研究主題に関する最新の研究成果を発信できたことは、大きな成果である。
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