本年度は、ネルヴァルにおける歴史叙述と史料の引用という点を中心に研究成果の発表を行った。ネルヴァルは同時代の小説、新聞、歴史叙述で既出のテーマを借用しながらも、予想外の要素を組み合わせることで独自の歴史叙述を提示している。また、作品内に過去の書物を多数収集することには、創造性の欠如というより、積極的に過去を復元し、存続させようとする意識の現れを見ることができる。2014年6月にはフランス国立古文書館(パリ)で開催された国際シンポジウム「ネルヴァル-歴史と政治」に参加し、「歴史と転写-ネルヴァル『幻視者たち』における引用と歴史の詩学」と題する口頭発表を行った。同年8月には、科学研究費を用いてフランス国立図書館で追加調査を行ったが、この成果を踏まえた論文は同シンポジウムの報告論文集にて刊行の予定である。 さらに、本研究の成果発表として論文2点を執筆した。「ネルヴァル、廃墟と歴史」では、サン=ドニ大聖堂の修復という当時の時事的話題を出発点にした作家の歴史的考察を辿り(『Stella』第33号)、また、「自伝と過去の現前-レチフ・ド・ラ・ブルトンヌからネルヴァルへ」(『〈生表象〉と近代』にて刊行予定)では、ネルヴァル独自の作品創作と思われているものが、前世紀の作家の模倣であるという矛盾を通して、ネルヴァルにおけるリライトの重要性を論じた。 他方、ロマン主義時代における作家の表象に関して、共訳書ポール・ベニシュー『作家の聖別』(水声社、片岡大右他訳、2015年)を刊行した。ネルヴァル周辺の小ロマン派と呼ばれる作家・詩人における引用、剽窃、パロディの重要性が再認識された。 本研究を行った結果、引用、剽窃、創造的模倣というリライトの問題は、19世紀を超えてさらに時代横断的に検証する必要性があると感じられた。今後は共同研究という形でより包括的な「引用の文化史」構築の可能性を探りたい。
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