本研究の目的は、ゾラが1880年代から傾倒した写真を歴史的・社会的・文化的文脈ならびに作家の小説や批評、書簡に照らして考察し、芸術創造において彼が展開した持論の内実と背景、実際に生みだされたイメージの力がいかなるものであったかを検討することである。本年度は、昨年抽出した問題点を整理し、『三都市』の草稿と決定稿および同時代の関連資料を精査したうえで分析を続けた。本年度の主な成果は、次のようにまとめられる。 1. 文学作品とは異なり、ゾラにとって写真はプライベートな世界にとどまるもので、公に主張すべき意味を画像の中に内包する必要はなかった。しかし、ゾラと恋人ジャンヌ・ロズロの記憶を通して画像を見直すと、それらの中には作家が文学世界で結晶化した要素が潜んでいる。特にゾラとジャンヌが1893年に共有した写真をめぐる視覚体験は、『パリ』(1898)の主人公ピエール・フロマンが精神的彷徨の末に見出したものを描く場面において、その関連を指摘できる。 2. ゾラの写真を歴史的・社会的・文化的文脈の中で見直し、彼の文学的言説と合わせて分析することで、特に作家の人口減少に対する意識や家族論が浮き彫りになった。例えば、19世紀後半のフランスで自転車に乗る多くの女性がズボンを履くようになり、それをジェンダーの侵犯、男性優位の社会に対する女性の挑戦と見なす向きが社会で強くなったとき、ゾラは自転車に乗るジャンヌ・ロズロの姿をさまざまな形でカメラに収めている。10代の娘ドゥニーズを自転車に乗せて撮った画像も残っており、こうした画像と同じ頃のゾラの文学作品を合わせて検討することで、文学と写真の接点を見出すことができた。 以上の研究成果を基に日本比較文学会(2013年4月20日、東京大学)と大阪大学フランス語フランス文学会(2014年3月8日、大阪大学)で口頭発表し、2本の雑誌論文を執筆した。
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