研究課題/領域番号 |
24720217
|
研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
前澤 大樹 名古屋大学, 文学研究科, 博士研究員 (60537116)
|
キーワード | 文法 |
研究概要 |
次項に述べる初期の進行状況から、予定の接近法では事業期間中に十分な成果を得ることは困難と判断して大きく方針の転換を図った。具体的には、検討対象に含めた諸構文のうち、tough構文の分析構築に一先ず重点を置き、その結果に基づいて異なる方向から本来一次目標とした不連続AP構文への接近を再度試みることで、その一般的分析の確立へと進むことを計画した。 tough構文については、再構築に関する事実から、主語DP内部の補部NPのみが補文内に基底生成されるとの結論をその時点で得ていたので、かかる前提に立つ先行研究を収集・検討するとともに、統語操作に関する理論的諸研究から当該の派生が如何にして可能かについて考察を行った。先行分析の検討からは、主語内部のNPの補文内から主節への移動を伴う派生は、Nunes (2004)等が主張する側方移動を認めた場合にさえ問題に直面することが明らかとなったため、本研究では、位相単位の統語派生と、意味・音韻部門で適用される操作の相互作用に基づく説明を追求した。即ち、転送の適用によってD主要部から切り離されたNPは、インタフェイスにに至るまでに再度文全体の構造中に統合される筈だが、tough構文に於いては、補文内で空演算子Dの補部として導入されたNPが、少なくとも音韻部門に於いては、本来と異なり主節に基底生成されたDの補部として再統合されるとの主張を立てた。また言語事実の調査からは、NPの再構築を支持するデータとして否定極性項目によるものを新たに得た他、強数量詞と異なり、定冠詞・指示詞・所有格'sは自身再構築されないが補部NPの再構築を許容するとの事実が確認されたが、この違いには、選択函数の関与を仮定することで、上記分析の下で率直な説明を与えることができる。更に、潜在的な帰結のうち、関係節及びA'移動に於ける項・付加詞の非対称性の基本的事実については、整合的な分析が得られることを確認している。
|
現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
幾つかの要因により、当初の予定のみならず昨年度の結果を踏まえた予定からも大幅な遅れを来している。本来の進行計画の不首尾から、今年度当初は形容詞修飾構文一般を視野に入れた検討を予定したが、早い段階で一般的考察を進めるよりもtough構文に焦点を合わせてその分析を進めるのが有効であるとの判断に至った。これは、tough形容詞の形成するDPACがtough構文に相関する特性を示し、構造・派生上の平行性が示唆されるためである。しかし、先行研究の概観を通して再構築の事実を扱う上での問題を整理し、位相理論に基づいた分析に方向を定めるまでは概ね円滑な進捗が得られたものの、広い範囲に含意を持ち得る理論的提案を伴うため、既知の現象・一般化や現行の諸理論・提案との整合性の確認と、それに基づく分析の具体的実装の検討、はっきり確認できる帰結の探求等は多岐に及び、分析の具体化に於いて度々困難に直面することとなった。現段階では特定構文のA'移動に限って論を纏めたが、上記の考察にかなりの時間を費やした結果、得られた分析に基づくDAPCの本格的再検討は、続いて着手すべき課題として残されている状態である。 データの収集についても、効果的に実施できたとは言い難く、目立った成果は余り得られなかった。要したデータが作用域解釈等、コーパスでは確認の難しいものを主としたことに加え、聴き取り調査については論点の洗い出しが遅れたこともあって有効な診断例が構成しにくい場合が多く、期間後半に小規模に実施した他は散発的な個人的遣り取りに留まった。当環境では被験者数の確保にやはり難があり、大規模調査は実施できなかったが、一方で少人数に対し各々詳細に行った聴き取りは、込み入った例文を扱ったこともあり、比較的うまく機能した。また成果発表に関しても、考察の各中間段階では分析の具体化が不十分で明確な論を立てられず、論文や研究発表の掲載・採用に至らなかった。
|
今後の研究の推進方策 |
此処までの検討結果により或る程度纏まった形の立論が可能となったため、構築した分析とその帰結を提示すべく現在改めて論文を執筆中であり、完成次第これを然るべき雑誌に投稿して、一先ずの成果の公表を図りたい。次の課題はそこでの結論をDAPCの分析に適用することだが、tough構文主語の総称解釈に関する考察から、tough形容詞によるDAPCでの限定詞に対する制約については説明の方向性を得ており、当該クラスの事例のより詳細な検討を通して具体的な構造・派生の解明に取り組みつつ、更に同一或いは似した制約を示すW類形容詞、similar類の例の包摂を試みることで、比較的短期間で分析を纏めて実質的進捗を得ることができるものと考える。また同じく、行った理論的提案の更なる帰結の探求も行っていきたい。特に、平行して継続的に検討してきた形容詞修飾の基本的機構への関与を、DAPCで得た結果を反映させて再検証することで、名詞前位及び後位修飾の本質的差異を明らかにするとともに、両者を統一的に扱う機構への接近が可能となると期待される。とりわけ(小)節構造を広く仮定しながら、ラベル決定に関してKayne (1994)ともEscribano (2004)とも異なる結論を導いて問題をより自然な形で回避できるように思われる。一方で、DAPCの分析から得られる帰結に基づき、W類形容詞の叙述構文では空演算子分析を追求したい。更に期間終了までには、扱った形容詞クラスが派生する副詞も検討対象とする予定である。 データ収集では、依然、再構築に関わるもの等解釈を問題とする場合が多くなるため、一人当たりの時間を長く取り、詳細な面談を行う聴き取り調査を中心とする。存在の確認で十分な場合や統計的な事実を要する場合には、引き続きコーパスによる調査を行っていきたい。上記の取り組みから得た成果は、直近の論文投稿以降もできるだけ段階毎に公表できるよう努める所存である。
|
次年度の研究費の使用計画 |
当初の計画に於いては、データ収集のために数十人の情報提供者を対象とする大規模の聴き取り調査を複数回実施し、協力に対して謝金を支出することを計画していたが、実際に対象者を募るべく周囲に協力を仰いだところ、当環境でかかる数を確保することは困難であることが判り、24年度以来比較的小規模の調査のみを行うに留まっているため、想定していた謝金支出の大半が年度を跨いで残されている。また、海外の大学に赴き調査を行う予定については、初年度に日程を組むことができず翌年度纏めて実施の予定であったが、25年度に繰り越し分渡航費を合わせて使い切るには至らなかった。特に、希望していた海外学会での発表と合わせて実施を計画していた年度末の調査については、発表が採用されるには至らず渡航費・謝金が未使用となった。既に進捗の遅れから補助期間延長申請を決めてていた時期であり、後の段階での調査のため未使用分を更に繰り越すこととした。 次年度研究費の用途は、(i)書籍、(ii)コーパス関連費用、(iii)聴き取り調査にかかる費用、(iv)成果の発表にかかる費用、(v)データ収集等の補助者への謝金、(vi)その他雑費、である。 (i)については、関連する諸構文・現象についての先行研究、言語理論一般に関する文献の他、データ採取源となる一般書籍の収集も進める。(ii)はコーパス調査に必要となる年会費である。(iii)については、当面は少人数でも詳細で質的に充実した聴き取りを多数回実施し、所用時間に見合う謝金を支払う。調査地に関しては近隣を主に考え、特に旅費の計上は予定しない。但し機会が得られれば、(iv)の開催地での調査を実施する。また、アンケートの印刷費等の付随費用もここに含める。(v)は印刷費や郵送費に加え、学会発表の際には開催地までの旅費も計上する。(v)は採取データの収集・入力・整理作業の補助者への謝金である。(vi)は通信費や関連学会参加のための旅費等を含む。
|