研究課題/領域番号 |
24720273
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
小中原 麻友 早稲田大学, 教育・総合科学学術院, その他 (80580703)
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キーワード | 共通語としての英語 / 会話分析 / コミュニケーション能力 / 談話・語用論的特徴 |
研究概要 |
平成25年度は、前年度の研究成果を踏まえつつ、共通語としての英語(English as a Lingua Franca、以下ELF)のコミュニケーションにおける談話・語用論的特徴とELF使用者のアイデンティティについて考察を深めることを目指し、1.会話の録音調査データ(以下、会話データ)の多面・多角的分析を実施した。その他、2.必要に応じて追加調査の実施を計画していたが、上記の目的達成には、1の重要度が高いと判断したため、2については実施を見送ることにした。以下、上記1の成果について具体的に報告する。 1.会話データの多面・多角的分析:23年度末に、英国の大学に在籍する多様な言語文化背景出身の留学生を対象に、友人・知人同士の自由会話形式の会話の録音調査を実施したが、25年度は、この会話データの多面・多角的分析を推進した。前年度に引き続き、分析方法には、主に会話分析的手法を用いたが、談話分析的手法も一部取り入れると同時に、視線行動やゲスチャー等の非言語情報の分析も一部会話分析的手法に取り入れることで、より精密な質的分析による考察の深化を図った。結果、ELF使用者は、相互理解の促進と人間関係の維持・促進のために、会話の順番交替やトピックの発展を注意深く観察して、巧みに会話を進めていることが明らかとなった。発言権を取る発話の重なりは、発話移行の適切な場所付近で、対話者の発話内容が反復的である場合に起きている一方、発言権を取り損ねた発話の重なりは、対話者が新しい情報を追加提供している場合に起きていることが分かった。また、対話者に対して不賛成の意を示す言語行動も観察され、特に、対話者の提供した情報に対して不賛成する場合は、通常の会話の選好組織に志向せず、即座に直接的に不賛成していることが分かった。これらは、ELF使用者の巧みなコミュニケーション・ストラテジーの使用を示唆するものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
24年度までの文献調査から明らかになったELFでのコミュニケーションの特質とされている協力的・合意志向的傾向を批判的に検討するため、25年度は、発言権を取る発話の重なりと対話者の発話に対して不賛成する言語行動に焦点を当てて会話データを精査した。結果、ELF使用者は対話者の発話に対して単に支援的であるのではなく、トピックの発展に積極的に寄与すると同時に、相互理解が危ぶまれる場合は、対話者に対して不賛成することで効果的、且つ巧みに会話の発展に寄与しているという点を明らかにすることに成功した。しかし、一方で、ELF使用者の言語使用とアイデンティティについての調査研究は遅れている。これは主に、ELFでのコミュニケーションの談話・語用論的特徴を明らかにするに当たって重要な情報であるにも関わらず、既存のELF研究ではあまり注意が払われて来なかった視線行動やゲスチャー等の非言語情報の精密な分析に時間を費やす必要があったためである。詳細な分析調査は遅れてはいるが、会話データを概観した結果、会話の相互作用の中で、ELF使用者が自己や他者の言語使用の非英語母語話者らしさをおかしみのあるものとして解釈し、それにより会話者同士の仲間意識が高められている興味深い事象が観察された。この非英語母語話者らしさは、ELF使用者のアイデンティティの一部として捉えることができる。必要に応じて追加調査を実施する計画であったが、既存研究に従ってアンケート調査等の量的研究を新たに実施するより、社会文化論的立場に基づき、相互作用の中でのアイデンティティが構築される過程を質的に精査する方がより分析価値が高いと判断したため、追加調査の実施は見送ることにした。以上のことより判断して、25年度の研究計画はやや遅れていると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
最終年度の26年度は、1.ELFのコミュニケーションの特質とされる協力的・合意志向的傾向の批判的検討を更に推進すると同時に、2.ELF使用者の言語使用とアイデンティティの質的分析を実施する。また、3.これまでの研究成果を踏まえて、ELF使用者に求められるコミュニケーション能力について再考し、英語教育への具体的示唆を探ることを目指す。上記1については、第三者についての不平や批判の言語行動のシークエンスに焦点を当てて、既に分析調査を進めている。会話分析の単一事例分析(single case analysis)のテクニックを用いた分析に加え、ブラウンとレビンソン (Brown and Levinson, 1987) のポライトネス理論も取り入れ、分析と考察の深化を図る計画である。上記2については、会話分析の成員カテゴリー化装置(membership categorization device)の概念を主に用いるが、社会文化論の理論を一部取り入れ、分析と考察の深化を図る計画である。そして、上記3については、コミュニケーション能力の理論的背景に関する文献レビューと会話データ分析の研究成果から得られた知見を英語教育的視点より熟考し、ELF使用者に求められるコミュニケーション能力について批判的に検討する。英語教育への具体的示唆の可能性としては、口頭言語ポートフォリオ(oral language portfolio; Riggenback, 1998を参照)の活用を考えているが、特に、ELFでの会話で多用されているコミュニケーション・ストラテジーに対する自覚を促す活動(awareness-raising activities)を授業に取り入れることを検討している。
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