長門鋳銭司跡出土木簡の保存処理を実施している奈良文化財研究所で処理前に撮影した木簡のカラー画像および赤外画像を閲覧することができ、水漬け状態の最終段階での木簡釈読が実現した。その結果、本研究開始直前に予備調査として下関市で実見した際の木簡の状態と、今回の処理直前の状態にさほど変化がなく、予備調査段階での仮釈読案を大きく改める必要のないことが分かった。長門鋳銭司跡出土木簡については、埋蔵地点の土中に多量の銅滓が含まれていることから、銅イオンの木材への浸透により予備調査時点では墨書がよく見えていなかったのではないかという懸念があったが、約5年が経過しても墨書の見え方に大きな変化はなく、予備調査時点で十分に銅イオンの排出が進んでいたことが判明した。また、画像上で見る限りにおいては、処理直前の段階でも墨書の状態は顕著に劣化してはおらず、約5年前の状態をほぼ保っていることがうかがえた。処理前の釈読案と処理後の釈読案を比較することは期間内にはできなかったが、少なくとも処理前釈読案については現状で最良のものが得られたと考える。 下関市立考古博物館への出張調査を行い、保存処理対象以外の木簡、および伴出遺物の全般的な調査を行った。木簡の肉眼での釈読にはほぼ支障がない状態だったが、顕著に文字が読み取れるものはほとんど無く、わずかな残画が確認できるのみであった。調査には考古学と保存科学の研究者が同行し、遺物の現況や、将来的に進めるべき理化学分析の方向性について情報交換を行った。さらに、平成26年度試掘調査で覚苑寺境内から出土した瓦を実見し、鋳銭司の庁舎立地についての有力な手がかりを得た。 研究成果として、単著『日本古代の寺院と社会』を刊行した。本書では、中央の寺院造営における三綱の役割、地方の寺院造営における知識の役割を解明し、本研究で進めてきた古代造営組織の比較に関する研究成果の一端を示した。
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