研究課題/領域番号 |
24720335
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研究機関 | 北海道大学 |
研究代表者 |
飯坂 晃治 北海道大学, 文学研究科, 専門研究員 (30455604)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 西洋史 / 古代ローマ史 / 都市 / イタリア / ラテン語碑文 |
研究概要 |
本研究は,前期ローマ帝国における皇帝権力と都市の関係を分析するために,イタリア都市のアリメンタ制度(少年・少女の養育制度)の運用を指導・監督したアリメンタ長官(praefectus alimentorum)と,しばしばそのアリメンタ長官職を委嘱された街道監督官(curator viarum)に焦点を当て,帝国官僚による都市自治への関与がいつ,どのようにして始まったのかを探ろうとするものである。 そこで平成24年度は,イタリア都市とアリメンタ長官の関係に関する分析に着手した。そこでまず直面したのが,なぜ皇帝政府はアリメンタ制度を実施したのかという,制度導入の目的に関する問題であった。アリメンタ制度は,皇帝などの富裕者が一定の基金を設定し,そこから上がる収益で,貧困層に属する子供たちを扶養する制度である。従来,アリメンタ制度の目的は,少年・少女を育てる貧しい家庭の救済にあったとされてきた。しかし,古代ローマ時代に「福祉」という概念があったかはきわめて疑わしく,今日ではこの説は支持されていない。また,アリメンタ基金から土地を担保に低利率で資金が貸与されたことから,特に中小農民に対する財政的な援助という目的があったとする説もあるが,資金の貸与が農業の生産性の向上にどのようにつながるのか疑問であり,この説も今日では支持されていない。 むしろ近年の研究では,アリメンタ制度の実施を通じて,皇帝は臣民の「父」として自己を表象しようとしたのではないかとする説が有力となっている。アリメンタ制度の目的に関するこの近年の研究動向は,日本国内ではいまだ紹介されていない。したがって,その研究動向を把握することは本研究を遂行してゆく際に必要不可欠であると同時に,これを公開することができれば,古代ローマ史の他のテーマに関する研究や,他地域の王権に関する研究などにも影響を与えることができると考えられる。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
平成24年度は,前期ローマ帝国における皇帝権力と都市の関係を分析するために,イタリア都市とアリメンタ長官の関係に関する研究に着手した。そこで,まずアリメンタ制度に関する欧米の研究文献を読み進め,アリメンタ制度に関する理解がどのように変化しているかについて,その研究動向を把握することに努めた。 しかしながら,当初計画していたアリメンタ長官の制度面に関する問題の検討や,アリメンタ長官と管轄下の都市との関係に関する考察にまでは踏み込めなかった。その理由のひとつとして,日本では坂口明氏の研究により1970年代までの研究動向が紹介されているが(坂口明「ローマのアリメンタ制度に関する諸問題」『西洋史研究』新輯8,1979年,32~56頁),欧米ではその後もアリメンタ制度に関する研究が進展しており,その新たな研究動向の把握に時間を要したことが挙げられる。またもうひとつの理由として,現在の所属機関である北海道大学大学院文学研究科から出版助成を受けて,2007年に提出した博士論文を出版することとなり,本研究と並行して,出版作業にも取り組まなければならなかったという事情がある。 しかしながら,研究費で購入した碑文史料からアリメンタ長官を抽出する作業は進めているので,それをもとにアリメンタ長官に関する上記の諸問題の検討に取り組む準備は整っている段階にある。
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今後の研究の推進方策 |
当初の計画どおり,イタリア都市とアリメンタ長官の関係に関する考察を進めていく。現段階の見通しでは,このアリメンタ制度の導入と,それにともなうアリメンタ長官の派遣により皇帝権力と都市の関係が変化すると考えられるからである。したがって,研究計画にあるとおり,アリメンタ長官の制度面の問題(任命開始時期・任期・権限など)や,都市当局によるアリメンタ制度運用の実態,その運用に対するアリメンタ長官の介入の可能性などに関する分析をすすめたい。 また,本研究は皇帝権力による都市自治への関与がいつ,どのようにして始まったのかという問題の分析を本来の目的としているため,2世紀以降,アリメンタ長官職を委嘱されることになった街道監督官に関する研究も行う予定である。しかし,この研究に着手できない場合には,イタリア都市の社会・経済状況に関する近年の国内外の研究を参照しながら,アリメンタ制度の導入の目的や開始時期について再検討することで,上記の問題を解明してゆくこととしたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度は,資料調査の目的で3月にイタリアに渡航したが,旅程を当初の予定よりも短縮したため,未使用額が発生した。この未使用額は,平成25年度に,情報収集を目的とした国内での学会への参加や,研究対象であるイタリアでの資料調査のための旅費に使用する計画である。
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