本研究の目的は啓蒙専制下において皇帝による「上からの啓蒙」と知識人による「下からの啓蒙」の結節点である、出版社の社会的ネットワーク構造を分析することで、啓蒙専制期の公共圏の問題を明らかにすることである。 最終年度である2014年度は、主にオーストリアにおいて史料調査をおこなった。史料調査の目的は、ウィーンの書籍商ゲオルク・フィリップ・ヴーヘラーの宗教ネットワークである。そこで、彼が一時期、長老を務めたこともあるウィーンで初めて設立されたルター派教会文書館史料の調査をおこなった。調査の結果、ヴーヘラーが1780年代前半にルター派教会で活動していた痕跡を確認するとともに、彼が1786年に長老を辞任する経緯をうかがわせる書簡も複写することができた。また、ヴーヘラーがウィーンのプロテスタントネットワークでの影響力を行使した一つの現れとなるヴーヘラー編纂の『賛美歌集』に関して、現物を確認するとともに、日本では入手しにくい文献をウィーン大学図書館およびオーストリア国立図書館で収集した。 研究期間全体を通じて、18世紀後半のハプスブルク君主国における書籍業者に関連する史料を、ウィーンの書籍商ヴーヘラーだけに限らず、数多く収集することができた。史料が膨大な量に及ぶため、収集した史料は現在も分析中である。しかし、今まで分析した史料からいえることは、ウィーンの書籍商ゲオルク・フィリップ・ヴーヘラーの出版活動がドイツ語圏各地の書籍業者やカトリック圏におけるプロテスタントを支援する団体、秘密結社ドイツ・ユニオンと結びつきながら、おこなわれていたということである。相互に結びつきながらドイツ語圏全体に広がるネットワークを念頭に置いて出版活動をとらえ直すことは、啓蒙専制下の公共圏を考察する上で、非常に重要である。収集した史料をもとに今後も継続的に書籍商のネットワークを分析していきたい。
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