研究課題/領域番号 |
24720376
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研究機関 | 愛知大学 |
研究代表者 |
山口 哲由 愛知大学, 国際中国学研究センター, 研究員 (50447934)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | 中国 / インド / 山地社会 / 市場経済 / 農業経営 / チベット文化圏 |
研究概要 |
本年度は,インド北部ジャンムーカシミール(J&K)州ラダーク地域の村落(人口およそ1500人)を調査地として選定し,6月と9月,および3月に詳細な現地調査をおこなった。 ラダーク地域の村落は,自給的な農業から市場経済に影響を受けた農業へと変化の途上にあるため,現在の農業経営を把握するために村落全体の200ha以上の全筆調査を実施し,各農耕地ごとの所有者や作付けを把握し,それをGIS上で統合・整理することによって村落全体の傾向を把握した。さらには,標高が異なるいくつかの家屋に自動温度計を設置し,村落環境の把握をおこなうとともに,自動カメラを設置して,人文景観の季節的な変化を記録する環境を整えた。 この調査を通して,同じ村落に属する小河川の流域内であっても,その商品経済への適応過程は自然村ごとに異なっており,道路に近くて気象条件にも恵まれた下流部の自然村では果樹や野菜などを栽培し,それを市場や軍に販売することで上手く市場経済に適応していたが,一方で上流部の地域では,大量に外部地域から流入するコメやコムギによってオオムギの栽培が衰退する一方で,代替する作物や現金収入手段を模索するのが現状であった。 こういった河谷部における生態環境とは異なる山地社会の事例として,同じくJ&K州に属するチャンタン地域を訪問し,上述のような広域的な生業調査を実施し,来年度以降に詳細な調査を実施する地域の選定作業もおこなった。 中国国内のチベット地域における現地調査は制限されるため,本年度はCNKIデータベースを用いて食生活や農牧業に関する網羅的な文献調査をおこなった。その結果,外部地域からの安価な作物の流入や出稼ぎによる人口の流出といったインド山地社会と同様の変化を確認できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
山地社会におけるグローバリゼーションの影響は,地域が立脚してきた生態環境や地政学的な位置,交通インフラの整備状況に応じてその作用が異なっており,それによって地域の多様化を引き起こしていた。交通インフラに恵まれた地域では市場経済に適応した農業経営へと移行する一方で,交通インフラに乏しい地域では市場経済への対応が難しく,人びとの都市への移住を加速する傾向がみられた。そういう視点に立つと,グローバリゼーションは山地における地域の多様な変化を引き起こしており,隣接する村落でも全く異なる現状を生じさせていた。このように山地社会を人やモノの移動に基づく村落変化に関して,日本地理学会2012年秋季学術大会にて「山地社会における人文景観の変容 インド北西部ラダックにおける村落の事例」という題目で報告するとともに,学術論文「ラダーク山地社会における農林牧複合の農業形態と土地利用の変容」としてまとめヒマラヤ学誌14号に報告した。 また本年度は,現地調査で得られた知見とそこからの課題を調査地の人びとに問いかけ,今後の方向性を考えて行く足がかりとして2日間のワークショップを現地カウンターパートの協力によって開催した。そこではのべ100人以上の参加があり,十分な意見交換することができた。本研究は,山地社会における現象の解明のみに留まらず具体的な問題解決に資することを目的としているため,早い段階で地域の人びとにこちらの成果を報告する機会を得られたことは非常に意義があった。 以上のように成果報告や現地調査を積み重ねており,計画以上に研究を実施できていると考えている。
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今後の研究の推進方策 |
これまでの調査では人びとの食事に関する調査を十分にはおこなえていないため,典型的な食事調査の手法である「24時間思い出し法」により広域的に人びと食事内容を把握するとともに,そのインフォーマントから数人を選び,食材の由来(購入したのか自家栽培かなど),購入した場合であればその場所,生産地,価格などを明らかにして,人びとの食生活に占める市場経済の影響を明らかにする。さらには過去の文献と比較することで,食生活の変化を時系列的に把握する。 これまで詳細な調査を実施できていない中国国内のチベット地域における調査に着手できるような基盤を整え,調査を実施していく。具体的には,これまでの調査経験のある雲南省迪慶チベット族自治州と青海省玉樹チベット族自治州を想定している。 山地社会の研究において,重要な比重を占めるようになっている地球温暖化に関して,継続的な観測を実施していくための基盤を整え,観測を開始する。すでに今年度においていくつかの場所では自動温度計などの設置を終えているが,さらにその数を増やして観測の精度を高める。 これらの調査を実施することで,山地社会における人とモノの流れの変化をできるだけ詳細に把握して,現在の環境利用モデルを構築していく。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度は,インド北部ラダーク地域にて2回の調査を実施する予定である。各調査では1月以上現地に滞在し,初回はインダス川沿岸の村落において昨年度からの継続調査をおこない,2回目の調査ではチャンタン地域のカルナク地区を主体として,家畜飼養に重点をおいて生活するチベット系住民の近年の生業や食生活などを具体的に明らかにする予定である。また,本年度は実施できなかった中国国内のチベット地域(雲南省および青海省)でも詳細な現地調査を実施し,近年の人やモノの移動に関する調査をおこなう。これらの調査に対する国外旅費・現地謝金として120万円を使用する予定である。 村落における変化を広域的に把握する手段として本研究では衛星画像を用いているが,新たに調査をおこなうラダーク・チャンタン地域と中国国内のチベット地域の調査資料として,衛星画像(ERDAS-MAP)を購入予定である。その費用として20万円を使用する予定である。 また,近年の山地社会に大きな影響を及ぼしている地球温暖化の影響を継続的に観測していくため,現地カウンターパートと協力してその態勢を整えるために,自動温度計・転倒升雨量計・降雪測定装置を購入する。同時に,チベット地域における農業の根幹にある灌漑農業に対する気候変動の影響を明らかにするために流量計を設置し,観測態勢を整える。これらの物品購入の費用として,30万円を使用する予定である。
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