研究課題/領域番号 |
24720398
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研究機関 | 早稲田大学 |
研究代表者 |
鈴木 勝己 早稲田大学, 人間科学学術院, 助手 (10613870)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2014-03-31
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キーワード | タイ / 上座仏教 / エイズホスピス / 看取りケア / キリスト教 / エイズ孤児 |
研究概要 |
平成24年度の研究実績は、二箇所の施設を扱った。それぞれの進捗状況が異なるため、(イ)と(ロ)に分けて記載する。 (イ)エイズホスピス寺院の研究実績は以下の4点である。1.文化ケアの文脈、2.死と再生の社会宗教的意味、3.ネットワーク構築、4.病者による戦術である。寺院内のケアは、宗教的施設であるが故の特徴が浮き彫りになっている。医療機関であればケア提供者の怠慢として批判されかねない、「何もしないこと」が死の看取りケアとして確立している。エイズによる死は、医療の文脈だけではなく、社会宗教的な枠組みにおいて理解される必要がある。端的に言うならば、エイズ病者に対する社会的排除、上座仏教に根差した輪廻転生という生と死の円環的な推移を無視して死だけを論じることはできない。さらに病者は寺院内の死の言説に対して、外国人ボランティアを巻き込んだネットワーク構築と巧みな戦術的読み替えによって対処している。寺院の病者は、構造的な弱者ではなく、相互のネットワーク構築と学習を通して自らの死と再生の意味を主体的に読み替えていく存在である。 (ロ)キリスト教系社会福祉施設カミリアンソーシャルセンターは平成25年度研究調査の中心となる。本年は以下の3点の調査を実施した。1.施設内のHIV感染孤児と成人病者の居住者数、2.上記居住者の基本的な生活様式、3.施設の運営方針や基本理念である。登録居住者は孤児66名のうち、施設内に居住し続けているものは30名前後である。基本的な生活様式は、孤児は通学し通常の教育を受け、施設にて朝晩に礼拝、服薬、健康増資にかかわる余暇活動がある。成人病者は20名前後であり、生活機能回復のリハビリ訓練を受ける。本施設は社会救済施設であることから様々な企業や団体からの寄付を受け、施設内ではキリスト教を強制することはなく、仏教儀礼を取り入れることで多元的宗教が確立している。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
研究目的の達成状況について以下の2点について報告する。 1.調査活動における課題:本研究計画は、施設(イ)の責任者の交代により、施設内の人事が一新され、報告者の調査活動に一定の制限が課せられる状況になっている。計画段階で許可されていた、ビデオ撮影や報告者が僧侶としてケアに関わることは、不可能ではないものの、本年度中に実現することは難しい状況にある。施設(イ)の現責任者と報告者の信頼関係の構築には、一定の時間と相互理解が必要であるため、今後も実施可能な調査項目を実施していくなかで、ビデオ撮影と僧侶としてケアに従事するという研究調査項目の実施を引き続き模索していく。そのためには、現責任者との本研究成果の共有、比較される施設(ロ)に関する情報提供、社会的救済という目的に対する施設(イ)、施設(ロ)の連携模索、タイ社会におけるエイズの理解促進を鍵として本課題を克服する方法を探っていく。 2.研究成果の社会還元の方法:平成24年度の調査活動において、施設(イ)におけるエイズの看取りケアに関する多くの知見が獲得された。その成果は現在、日本語による研究論文(日本臨床死生学会原著論文)として執筆中であるが、同様にタイ語による報告書作成が不可欠である。報告者はまず国際学会(10TH ASIA PACIFIC HOSPICE CONFERENCE 2013)の発表を通して英文論文を投稿し、その後にタイ語の報告書および論文を準備する予定である。このような社会還元のためには報告者のタイ語の習得レベルのさらなる引き上げが必須であるが、この点において必ずしも予定通りには進んでいない。今後はこれまで以上にタイ人研究補助者の協力を求め、引き続き本課題に対応していく。
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今後の研究の推進方策 |
本研究計画は初期の段階において施設(イ)を中心とし、施設(ロ)を予備的な代替施設ととらえていたが、次年度以降の研究計画においては施設(ロ)の比重を増やし、より比較研究の色彩を強めていく。上述した通り、この比較研究の試みは結果として施設(イ)と報告者の協力関係を強化することになるためである。施設(ロ)においても施設(イ)で獲得された研究成果と同等のデータを収集するため、次の3項目について調査を進める。1.子供の死生観、2.宗教的多元性、3.ケア提供者の職業意識である。子供の死生観については慎重な倫理的な配慮が必要である。まず、これまで欧米諸国において蓄積されている子供の死別体験に関する知見に基づき、タイ社会における子供の死生観の生成過程を精査する。その後に施設(ロ)においてHIV感染孤児の死生に関する倫理問題を文化人類学的に読み解くために、参与観察を通してキリスト教と仏教の価値規範を子供と共に学んでいく。この参与観察を通してキリスト教と仏教による宗教的混淆がどのように影響しているのかを確かめていく。報告者は施設(ロ)において搾取的な調査を行うのではなく、孤児と同じく学習者の立場を堅持する。同様に学習者の立場から施設(ロ)のケア提供者である神父、看護師、同病者のケア意識について考察を進める。この調査項目のためにビデオカメラによるケアの臨床現場の撮影を含める。さらに、今後は必要に応じて比較対象施設をタイの国内外に広げていくことも視野に入れる。現在のところ、施設(ロ)の責任者の紹介を通してフィリピンの施設(ロ)系列ホスピス、新潟県長岡ビハーラ病棟との比較を検討し、施設(イ)と(ロ)の比較研究のさらなる発展を試みる予定である。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成25年度の研究費使用計画はおもに次の5項目である。(1)海外研究出張および国内研究出張の旅費、(2)報告書作成およびデータ入力用ラップトップコンピュータの購入、(3)施設(イ)、施設(ロ)における動画資料作成用のビデオレコーダーの購入、(4)研究成果の社会還元を推進していくための現地研究補助者への謝金、(5)報告書作成補助を行う大学院生謝金である。研究出張費用は、本研究計画が比較的長期にわたる現地調査、参与観察を重視する性格上、本年度も大きな費目となることが予想される。施設(イ)と施設(ロ)との比較研究を効果的に進めていくために、予備的な研究出張を予定し、タイ国内類似施設およびフィリピン(施設(イ)の系列施設)、新潟県長岡ビハーラ病棟への研究出張を新たに検討している。この予備的研究出張は、現地研究協力者(施設(イ)の責任者)との入念な研究打ち合わせにより、得られる研究成果について十分に検討したうえで実施する予定である。また、本年度は研究拠点(早稲田大学)だけではなく、現地施設(イ、ロ)において報告書作成を効率よく行うために新規にラップトップコンピュータを購入する予定である。平成24年度に実施できなかった調査項目を実施するために、動画資料作成用の機材も購入する。社会還元を促進するために、現地スタッフの謝金を増やす予定である。最終報告書作成のために日本国内の研究拠点における研究補助者への謝金も費目として計上する。
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