研究課題/領域番号 |
24720403
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研究種目 |
若手研究(B)
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研究機関 | 国立民族学博物館 |
研究代表者 |
相島 葉月 国立民族学博物館, 大学共同利用機関等の部局等, 研究員 (40622171)
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研究期間 (年度) |
2012-04-01 – 2016-03-31
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キーワード | エジプト / 社会人類学 / 都市中間層 / スポーツ / モダニティ / イスラーム / 民族誌 / 教養 |
研究概要 |
平成24年度の目標は、エジプトで空手道が「大衆的スポーツ」として受容された歴史的経緯の把握し、空手家コミュニティの形成と発展の過程を考察することであった。国営日刊紙アル=アハラーム新聞で空手を紹介する記事が初めて掲載されたのが1972年3月に遡ることから、1960年代後半もしくは1970年代初頭から空手の稽古が行われてきたのではないかという仮説のもとにエジプトでの臨地調査を始めた。 60歳代の空手家への聞き取り調査を行った結果、1969年頃より上流階級向けの会員制スポーツクラブにて日本大使館職員による空手の稽古が細々と行われていたことが判明した。1971年にブルース・リー主演のカンフー映画『ビッグ・ボス』が大流行したのをきっかけに、自己防衛(al-difa‘ ‘an al-nafs)を目的としたスポーツとして空手人気が一気に高まったという。1967年の第三次中東戦争でイスラエルに大敗を期して以来、軍事力の向上のため取り入れられた空手道が「大衆的スポーツ」として認識されるようになった背景には、中国拳法などの格闘シーンを取り入れた香港のアクション映画の流行が深く関わっていえる。カンフー映画をみてブルース・リーに憧れた者が空手を始めたとはいえ、「東洋」をひとくくりにし、日本と中国の格闘技を混同していた様子は見られなかった。カンフー映画の流行が空手の普及に貢献した過程については今後の調査で明らかにしたい。 また、空手の大衆化には政府の青少年教育政策も関わっていたことを裏付ける資料も見つかった。カンフー映画の流行により空手の知名度が向上したとはいえ、空手道の競技者は軍人か高級スポーツクラブの会員である富裕層に限られていた。しかし、1980年代以降に空手が青年及びスポーツ省の推奨スポーツに指定され、公営の文化施設で空手教室が開かれたことが大衆化につながったと言える。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
①エジプトにおける空手普及の歴史:エジプトにおける空手の大衆化および空手家コミュニティの形成についての資料収集については概ね順調に進んでいる。来年度は3月に行った臨地調査で収集した若者向け月刊誌『アル=シャバーブ(青年)』やスポーツ新聞『アハラーム・アル=リヤーダ(アハラーム新聞のスポーツニュース版)』などの文献資料の分析に集中したい。 ②調査地の決定:空手家コミュニティでのネットワーキングを目指し、複数の空手教室(公営スポーツセンター、個人経営の空手教室、会員制スポーツクラブなど)で参与観察を行った結果、中心的に調査する空手教室が見つかった。来年度は、オリンピック競技への参入をめざす「スポーツ空手(karate riyadi)」に加え、空手の「スポーツ化」に抵抗し、「武道」としての原点回帰を目指す「伝統空手(karate taqlidi)」の関係者に対しても聞き取り調査を行いたい。スポーツ実践とモダニティについて論じる上で、非常に的確な調査対象が決まり満足している。 ③海外で空手指導を行った経験のある日本人空手家についての調査:日本政府の武道専門家派遣事業に関する資料収集については概ね順調に進んでいる。海外で指導を行った空手家への聞き取り調査については3件にとどまっている。来年度は日本の空手家コミュニティでのネットワーキングをより積極的に行いたい。 ④国際政治経済の周縁におかれた地域でのスポーツ実践と社会階層の問題を論じている先行研究の概観:今年度は中東地域やムスリム社会におけるスポーツ実践について論じた先行研究の収集にとどまり、分析するまでには至らなかった。来年度はより本格的な先行研究レビューを行いたい。
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今後の研究の推進方策 |
平成25年度は空手実践における「楽しさ」の位置づけと中流層的倫理観の関係性について解明すべく、文献研究と臨地調査の両面から本研究課題を進めていく方針である。 ①エジプトでの調査で収集した若者文化やスポーツに関する文献資料の分析を進め、エジプトのスポーツ史における空手道の位置づけや、空手が大衆文化として受容された歴史的背景について整理し、投稿論文としてまとめたい。 ②モダニティ論に加え、国際政治経済の周縁におかれた地域でのスポーツ実践と社会階層の問題を論じている人類学及び社会学的研究を中心に先行研究レビューを行いたい。また、中東地域や欧米におけるカンフー映画の人気と東洋武術の流行の関連性をカルチュラル・スタディーズの観点から論じた研究についても概観したい。 ③来年度は1月と3月にエジプトでの臨地調査を行う予定である。空手家コミュニティでの聞き取り調査を継続する一方で、本研究課題に関連した基礎的な文献資料の収集を行いたい。これまでは空手家コミュテニティ(指導者、競技者、父兄)全体を調査対象としてきたが、今後は特に指導者に対してインタビューを行いたいと考えている。これまで収集した若者向けの雑誌やスポーツ紙は1990年代以降に発行されたものに限られているので、次回の調査では1970~80年代の刊行物を収集したい。 ④日本の空手家コミュテニティにおけるネットワーク作りを積極的に行い、海外指導の経験者に対してインタビューを行いたい。
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次年度の研究費の使用計画 |
平成24年度の残額は4月1~12日までエジプトでの臨地調査の費用に充てた。次年度の研究費については、1月と3月に行う予定の臨地調査の費用に充てたい。当初は夏に調査を行う予定であったが、断食月のラマダーンが7月16日頃から30日続くため、効率の高い調査を行える見込みが低いことから、1月に変更した。
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